BUCK-TICKが音楽以外の何かになった日①

私にとって、その日まで、BUCK-TICKとは"音楽"でしかなかった。
それ以上でも以下でもない、芸術の一環としての音楽。

要すれば、あくまでも娯楽として楽しむ対象であり、生活を送るうえでの支えや救いであったり、依存したりする存在ではなかったということ。

そのような自分がバクチク現象というライブを経て、BUCK-TICKに音楽以外のものを映すようになった心境の変化を記録しておきたかっただけの主観的な書き物。
なので、ところどころ失礼な表現や誤認があるかもしれませんがご容赦ください。

BUCK-TICKは、いわゆる"本命"ではない。
"本命"のバンドは、「夢見ていこうぜー!」「生ーきーてーく強さーーー!」といったやや暑苦しいともとれるメッセージ性が強いバンドだが、どちらかというと陰な自分にとって彼らの陽の部分、朗らかさは一種の救いであり、特に思春期の多感なときに支えられ、共に人生を併走してきたような存在だ。

一方でBUCK-TICKは、本格的に好きになったのは大人になってからだったこともあり、そういった役割を求めることはなく、純粋に音を楽しむ存在だった。

よく友人に本命バンド(以下、G)とBUCK-TICKの対比を、「Gのライブは人生、BUCK-TICKは芸術鑑賞なの」と物知り顔で語っていたが、前者は1本1本が人の人生模様を見ているような感覚で、ライブを通して挫折したり親の愛情を知ったり愛する人と結ばれたり…等々するのに対し、BUCK-TICKは、1曲1曲がまるで絵画のようで、それを自身の解釈で客観的に鑑賞する感覚で参加していた(というのは半分くらい綺麗事で、残りの半分はいいいいいいいまいさんすきいいいいいいの煩悩)。

そのため、バンドの成り立ちだったり櫻井さんの家庭環境だったりと最低限の情報は持ち合わせていたものの、雑誌のインタビューをまめに読むなどして楽曲やアルバムに込めた想いなどを積極的に知ろうとすることはなかった。
普段メンバーが何を考えているか、どんな性格でどんな関係性なのかにあまり重きを置いていなかった。

あえてキャプションを読まない絵画鑑賞のように、自己の解釈で作者の想いをあれこれ勝手に想像していれば、それで十分楽しかった。

ーーーそうして十数年の時が流れた。

コロナ禍や生活環境の変化もあり、暮らしの中で音楽やライブが占める割合が減っていく中、毎年漏れなく参加していた武道館にも2020年から2022年は参加せず、ライブハウスにもなかなか足を運ぶ気にならなかった。

特に、BUCK-TICKのライブハウスでのライブはまさに戦(いくさ)。

今回もあまり気乗りはしなかったが、異空のアルバムは好きだったしホールツアーで聴いた「名も無きわたし」がどうしても忘れられなくて、意を決して羽田だけは行くつもりでいた。

そして、奇しくもその日(10/19)は訪れた。

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