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男の子プリキュアとは何だったのか? 自分らしさを訴えてきたHUGっと!プリキュア

目次
▽メインターゲットは小学生以下の女の子
▽プリキュアの主人公は「年上のお姉ちゃん」
▽初登場から8カ月間 視聴者との距離を詰める時間
▽忙しい人のための若宮アンリ回あらすじ
   第8話『ほまれ脱退!? スケート王子が急接近!』(3月25日放送)
   第19話『ワクワク! 憧れのランウェイデビュー!?』(6月10日放送)
   第33話『要注意!クライアス社の採用活動!?』 (9月23日放送)
   第42話 『エールの交換! これが私の応援だ!!』(12月2日放送)
▽子どもの未来に本気だから、デリケートな問題を扱う
▽子どもたちも避けて通れないジェンダーロールの問題

史上初の男の子プリキュア・キュアアンフィニの誕生は、2018年12月2日の放送と同時に大きな反響を呼んだ。しかし、このバズを見ただけの人たちは、今回の男の子プリキュア誕生を消化できていなかったように思う。

それもそのはず、キャアアンフィニに変身した若宮アンリの初登場は、3月18日放送の第7話『さあやの迷い? 本当にやりたいことって何?』。

その初登場から変身まで、実に8カ月間。この間の経緯を分かっていなければ、キャアアンフィニ誕生は一発ネタとして終わってしまうだろう。


メインターゲットは小学生以下の女の子

プリキュアのメインターゲットは小学生以下の女の子たちだ。

制作陣が想定しているのは、プリキュアがピンチに陥った時に大声で応援し、キャラクターグッズを手にテンションが上がる女の子たちである。ストーリーの展開も、当然、彼女たちを基準に考えている。

彼女たちの保護者も、大きいお友達もターゲット外の外野だ。

キャラクターグッズなどを買ってもらう関係上、プリキュアのテーマは保護者にも伝わることが望ましい。しかし、あくまでメインは女の子たちであり、保護者に伝わっても女の子たちに届かなければ本末転倒である。


プリキュアの主人公は「年上のお姉ちゃん」

シリーズを通じてプリキュアに変身する主人公たちは、原則、中学2年生の少女となっている。

この設定の継承も、メインターゲットを小学生以下の女の子にしているためだ。なぜなら、中学2年生の少女も、小学生以下の女の子には「年上のお姉ちゃん」となるからである。

小学生の自分に出来ないことも、お姉ちゃんたちだったら出来るかもしれない。この感覚が、女の子たちにとってのリアリティの幅を広くしている。

例えば、今年のHUGっと!プリキュアは子育てや仕事がテーマだ。

なぜ子育てがテーマ? 新作「HUGっと!」で憧れのヒロイン描く

主人公たちも、はぐたん という不思議な赤ちゃんを育てながら、人々から未来を奪おうとする悪の組織・クライアス社と戦っている。

この主人公たちが子育てをすることも、悪の組織と戦っていることも、リアルで考えればあり得ない状況だ。しかし、視聴している女の子たちにとっては「年上のお姉ちゃん」たちがやっていることであり、納得できる範囲内におさまる構造になっている。


初登場から8カ月間 視聴者との距離を詰める時間

さて、男の子をプリキュアにするのであれば、プリキュアに夢中な女の子たちが受け入れられる話にしなければ意味がない。SNSでバズらせるウケ狙いで終わらせないためにも、せめて「アンリくんだったらOK」という最低ラインの納得が必要だ。

実は、プリキュアは1年間、約50話で代替わりするため、特定のキャラクターについてしっかりと語る時間を用意できる。

実際に、若宮アンリの初登場は第7話 (3月18日放送) で、キュアアンフィニに変身したのは第42話 (12月2日放送) と、8カ月もの時間をかけている。

若宮アンリを主人公たちと関わりの深い位置に置き、しっかりと彼の物語を描く。キャアアンフィニへの変身は、プリキュアを毎週楽しみにしてくれる女の子たちに若宮アンリの人となりを説明した上で、行われたのである。


忙しい人のための若宮アンリ回あらすじ

キュアアンフィニこと若宮アンリは、世界的に注目されるフィギュアスケート選手として登場する。

フランス人の父と日本人の母を持つ中性的な容姿で、「自分に似合っていれば関係ない」と女性物の服も着用するジェンダーレスな美少年として描かれてきた。

その容姿と数々の大会で優勝を重ねてきたスケートの実力、自信に満ちた振る舞いから、自他ともに認める「氷上の王子」という少年だ。なお、自分自身で氷上の王子と名乗ることもあり、性自認は男性である。


第8話『ほまれ脱退!? スケート王子が急接近!』(3月25日放送)
若宮アンリは、かつてフィギュアスケートのスター選手であった輝木ほまれ(=キュアエトワール) を、再びフィギュアスケートの世界へ連れ戻すために主人公たちの前へあらわれる。

しかし、友人たちに囲まれる今の ほまれ のスケーティングを見届けたアンリは、ほまれ が自分の道を歩いていることを理解する。

翌朝、アンリは、制服姿で ほまれ たちの学校にあらわれて編入してきたことを告げた。そして、ほまれ にこう耳打ちをする。

アンリ:ぼくもやってみようかな プリキュア

プリキュアは、プリキュアへ途中合流するメンバー以外には、正体不明のまま最終回を迎えるのが定番だ。アンリが昔から ほまれ のことを知っているとはいえ、プリキュアが正体を見抜かれるのはこれが初の展開である。

さらに、「ぼく”も”やってみようかな」というセリフ。つまり、第8話で男の子プリキュアへの伏線は既に張られていたことになる。

以降、町中で戦うプリキュアを見かけるアンリや、学園内で主人公たちと会話をするアンリが描かれるようになる。


第19話『ワクワク! 憧れのランウェイデビュー!?』(6月10日放送)
Twitterでもバズった回 であり、覚えている人も居ると思う。

若宮アンリに誘われてファッションショーへ出ることになった愛崎えみる。しかし、ショーのタイトルが「女の子もヒーローになれる」であることを知った兄・愛崎正人 (中学3年生、主人公たちの上級生) は「女の子はヒーローになれない」と言って、妹を連れ帰ろうとする。

そこへ、白いロングドレスを着たアンリがあらわれる。

正人:何、その格好?
アンリ:ドレスだよ
正人
:何でそれを、君が着ているのかって聞いてるんだ
アンリ:すごく素敵だと思ったからだ
正人:君、男だろ?
アンリ:だから何? 僕は、自分のしたい格好をする。自分で自分の心に制約をかける。それこそ時間、人生の無駄

愛崎コンツェルンの跡取りとして、男は男らしく、女は女らしくということに拘ってきた正人にとって、自分が自分らしくあることを貫いてきたアンリの言葉は衝撃であった。

アンリに自分の考えを否定され、ステージに向かう えみる も止められなかった正人は、その絶望をクライアス社に利用されてオシマイダー (人の絶望を糧にして生まれる巨大モンスター) に変えられてしまう。

オシマイダーはステージに出ていた えみるたちに襲いかかるが、舞台袖に居たアンリが彼女たちをかばって難を逃れた。しかし、アンリはオシマイダーに捕まってしまいピンチに陥る。そこへ、異変に気づいたプリキュアたちが駆けつけた。

アンリ:遅いよ、ヒーロー。これ、僕、お姫様ポジションになってない?
キュアエール:いいんだよ。男の子だってお姫様になれる

第19話は、男女のジェンダーロールにこだわる愛崎正人と自分らしさにこだわる若宮アンリの対決や、プリキュアに救い出される男の子・アンリなど、ジェンダーロールの是非について明確に切り込む回となった。

なお、プリキュアによって浄化された正人は第20話でアンリと和解し、正人はアンリを支える親友となっていく。浴衣回となった第25話では、浴衣を着た2人が祭りを楽しむ姿も見られる。


第33話『要注意!クライアス社の採用活動!?』 (9月23日放送)
アイスショーの本番に向けて練習をしている若宮アンリに、アイドルとして活躍する愛崎えみるなどの密着取材が行われる。

しかし、自分の思いとは離れている賛辞や、数字の取れる絵を撮るためにプライベートな時間まで付きまとう取材に、アンリはストレスを溜めていく。ストレスが頂点に達し、リンクを離れて1人になったアンリは、アンリの後を追いかけてきた えみる に自身の悩みを吐露する。

アンリ:ボクって何者?色々な噂、カテゴライズ。そこに真実があればいいのに。全てを超越した存在?でも声も低くなったし背もどんどん伸びてる。
生きづらい時代だね。みんな他人のことを気にしている。
1人になれば、何も気にしないで済むのかな?

明けて迎えたアイスショー当日のステージ裏には、前日のナーバスな状態を引きずる若宮アンリが居た。

アンリの練習をサポートしてきた愛崎正人は、そんなアンリの手を握って「君はできる」と励ます。親友の言葉が、氷上の王子へと気持ちを切り替えるきっかけとなり、アンリは自信に満ちた表情でリンクに向かう。

アンリは自分らしさを貫こうとするが、彼の容姿や活躍から世間は勝手な若宮アンリ像を作り上げて、その虚像を押し付けてくる。この33話では、一見、何もかもうまく行っているかのように見えるアンリも、悩みを抱える1人の少年であることが語られた。


第42話 『エールの交換! これが私の応援だ!!』(12月2日放送)
若宮アンリは、大会に向けて輝木ほまれと練習している中で、足に故障を抱えていることに気づかれてしまう。

アンリの身体を気遣い、大会への出場を止めさせようとする ほまれ。しかしアンリは、何度も手術をしてきた左足が良くならないこと、選手生命の終わりが迫っていること、次の大会が最後になることを明かして、大会出場への決意を固める。

ところが、大会当日、アンリは車で大会会場に向かう途中で交通事故に巻き込まれ、左足の感覚を失うほどの大怪我を負う。クライアス社に連れ去られたアンリは、主役不在の会場で悲しむ観客とともに絶望を共有し、オシマイダーを作り出してしまう。

しかし、会場に居たプリキュアたちが変身してアンリに声援を送ったことにより、アンリは自分の演技で観客が笑顔になる喜びを思い出す。

キュアエール:何でも出来る
アンリ&キュアエール:何でもなれる

プリキュアたちの声援を受けて、キャアアンフィニに変身したアンリは再びリンクに立ち、最後の演技によって観客を絶望の淵から救う。


長くなったため、改めて箇条書きにすると以下の通り。

・完璧な氷上の王子として登場
・プリキュアの正体を知っている上級生
・ファッションショーではドレスを着たお姫様を演じる
・自分らしさと世間が押し付ける虚像の間で悩む少年としての顔
・最後と覚悟していた舞台を失った絶望。復活してプリキュアに変身

プリキュア制作陣は、初の男の子プリキュアを誕生させるために、これだけの材料を用意したのである。


子どもの未来に本気だから、デリケートな問題を扱う

なぜ、子ども向けTVアニメで、ジェンダーロールやアイデンティティといったデリケートな問題を扱うのか?

その答えは「子ども向けだからこそ」である。

そもそも、世相の反映や、タイムリーな社会問題を扱うことは、日本のエンターテイメントの伝統芸だ。もちろん、子ども向けのアニメや特撮ヒーローもその流れにあり、中には痛烈な人類批判を展開した作品も存在する。

・放射能汚染で生まれたゴジラ
・環境問題や文明批判をしてきたウルトラマン、仮面ライダー
・自然との共存や人間の業を描くジブリ作品
・女の子も主人公になれるよう戦隊ヒロインを採用したスーパー戦隊
・少女だけの戦隊チームで悪と戦う美少女戦士セーラームーン


子どもたちも避けて通れないジェンダーロールの問題

「男のくせに」「女のくせに」という言い合いは子どもの頃から始まるものであり、大人たちの世界がどうなっていようとも、子どもたちは子どもたちの同士でぶつかることになる。

例えば、ベネッセは新小学1年生のランドセル事情を調査しているが、2018年のアンケート結果は図の通り

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ランドセルのカラフル化は2000年代に入ってから始まっているものの、選ばれる色には、明らかに男女の違いによる差が生じている。これが現実だ。

心と身体の性別が異なる人や、恋愛対象が同性の人、性別があいまいな人が表舞台に出るようになっても、世の中はそうではない人々が大多数だ。そのため、世間と自分らしさにズレのある子どもは、それを隠して苦しむこともある。

だからこそ、プリキュアの制作陣は8カ月という時間をかけて、若宮アンリを通じて「自分らしくしていいんだよ」と呼びかけたのである。

Twitter の規約上、女の子たちの声が直接に上がってくることはないだろう。しかし、アイデンティティに関わる重要な話であり、伝わっていてほしいと思う。

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