改善の余地がない話
先週末、岡山県の小さな集落に通う中学一年生の女の子に出会った。
クラスで何流行ってんの? と聞くと、えー何も流行ってないと恥ずかしそうに下を向く。
「でも友達となんかの話はするやろ? 好きなユーチューバーとか? メイクの話とかそんなんせーへんの?」
会話を続けるべく聞き出すも、そんな話はあんまり…とはにかむばかりだった。
盛り上がりそうもなかったので別の話題に移ろうとすると「おー、チームチームって言ったりしてる」と口を開いた。
「おー、チームチーム? 何それ? ユーチューバー?」
「ううん、早口言葉みたいな感じで、おーチームチームって言うんよ」
「ん?」
「ちょっとお母さん、おーチームチームって早口で言ってみて」
促された彼女のお母さんが、なんの照らいもなく「おちんちん?」と言うと、その子はケラケラケラと笑った。
ようやく合点が行った私は思わず、小学生みたいやな! と突っ込んだ。
「マジでそんな小学生男子みたいなこと言うてんの!?」
「うん、ウインナー見るだけでみんな笑うよ。お昼ご飯で出てきたウインナー食べたら男子が痛いーとか言ったりして」
ウフフと口元を手で押さえながら話す様子を見て、彼女のお母さんと田舎の中学生はおぼこいんやなぁ〜と盛り上がったのだった。
◆
小学4年生の頃、オバナくんという双子の男子がいた。
ふたり揃って線が細く背が高く、上品な育ちのいい子で女子のグループにも分け隔てなくスッと入るような優しい性格だった。
ある日の授業中、勉強に退屈した私は教室後方に貼り出してあるクラスメイトが描いた絵でも見ようと左後ろを振り返った。
私の席は黒板に向かって右側の前列で、オバナくんは真ん中列の後ろくらいだったから都合オバナくんも視界に入ることになる。
オバナくんは一生懸命先生の話を聞き、ノートに何かを書き記しているようだった。
ふとその光景に違和感を感じた私は目を凝らした。
机の下…椅子…足…ズボン…からなんか出てる。
それはオバナくんのポークビッツのような何かだった。
長身のオバナくんは制服の半ズボンが極端に短かったため、ポロリと出てしまっていたのだ。
そうと分かると(マジで謎なのだが)私は体ごと後ろを振り向き、椅子に頭を預けるポークビッツを凝視した。教室で授業中に、そんなものが出てるという状況から目が離せなかった。
後ろを向く私にオバナくんは最初、おーいみたいなジェスチャーでコミュニケーションを取ろうとしてたのだが、全く目が合わないので、そのうちに怪訝な顔をした。これのこと? とでもいう風に筆箱の中のものを見せる動作をしたが私は無視した。
その間、体感では30秒くらいあったのではないかと思う。
遅まきに私の視線の先に気づいたオバナくんは「キャッ」と叫ぶと同時に足をパッと閉じた。
その「キャッ」が私の意識を覚まさせ、催眠術が解けたように、私はくるりと体を前に向けると再び授業を受け始めた。そこでようやく顔が真っ赤になった。恥ずかしかった。
このことを思い出すたび、自分自身を疑う。普通は取り繕ったり、見てないふりをしたりするもんではなかろうか。なんであんな長い間、じっと見続けられたのか。
◆
鳥取県の、とある山奥にひっそりと佇む雑貨屋がある。
そこはかとなく旅の香りがする民藝品やエスニック雑貨を扱う雑貨店は、実際に古くから世界中を旅するおふたりが営む、立地といい築260年の古民家の構えといい、それはそれは素敵なお店だった。
玄関に掲げられた手作りの木製看板を見た時に「変な名前の店だなぁ」と思ったのだが、店名については一緒に行っていた夫にも、もちろんお店の方にも何も言わず買い物をし、帰宅した。
数日後、財布の中から出てきたレシートを見て「あっ!」と声が出た。
「そう読むんや!」
どうしたん? 夫は私が手にするレシートを覗き込み数秒考えてから、声を上げて笑った。
「むしろそう読んだん自分か冴羽獠だけやで!」
『木古里』という看板を見て即座に、私は「もっこり」と読んだのである。
レシートの『木古里-kicoli-』表記を見てようやく、本当の店名に行き当たったのだった。
恥ずかし紛れにハハハと一緒に笑ったが、自分の思考回路を呪った。
岡山の中学生女子に会った翌日、出勤してすぐ「なーちょっと、おーチームチームって早口言葉で言ってみて」とスタッフに言い回った自分を、いま省りみている。