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瓶詰ヨーグルトと乾式トイレ

目覚ましが鳴って、目が覚めた。朝6時。布団に入ったまま音で階下の様子を伺う。物音はしない。まだ寝ているんだろうか。二度寝しようかとも思ったが、初日からそれはだらしないだろうと自分をたしなめて、起きる。

カーテンを開けても空はまだ黒く、陽の光は入ってこない。けっこう寒い。昨日は袖なしでも耐えられたが、今日は長袖を着た方が良さそうだ。

8時ごろになってようやく明るくなってきた。
昨日のうちに朝ごはんの時間を聞かれて、8時に、と答えておいたので、一階に降りる。奥さんのイザベルがジャムとバター、ハチミツにチョコクリームなどを用意して待っていてくれた。

朝食はパン2切れとヨーグルト(yaourt)、紅茶。パンは食パンのように大きいものではなく、バゲットよりひと回り大きいくらいだ。ゴマのいい香りがする。ヨーグルトは近くの農場から定期購入しているもので、オーガニック、かつ、瓶は食べ終えたら農場に返すのでゴミにならないのだと言う。それはもちろん、環境に配慮してのことだ。

幼い頃、隣にある祖父母の家によく遊びに行った。祖母は瓶詰めの牛乳を定期購入していて、遊びに行くと、300mlくらいの牛乳を一瓶もらってよく飲んでいた。丸い瓶の口から直接ゴクゴクと飲んでいたときの瓶と牛乳の匂いが、はっきりとはしないまでも、嗅いだらすぐに当時を思い出せるだろうと言うくらいには、覚えている。紙製の蓋がしてあって、私はそれを剥がすのが下手くそで、紙の層の表面だけがめくれて、よく祖父に開け直してもらっていた。思えばその頃から牛乳が好きで、その頃から手先が不器用だった。

飲み終えたら瓶を洗って、返却用の黄色い籠に入れて返す。祖母はエコとか環境問題に気をつかうような人ではなかったが、意識するまでもなくエコな生活をしていたのだ。きっと祖母たちより昔に生きていた人たちもそうだったのだろう。

そもそも環境問題が表面化してきたのはいつ頃のことだったっけ。成長につれて社会に対する意識が芽生えるのと、気候変動が社会問題化していくのとが、平行するように進んでいったのか、すでに社会問題化されていたところに意識が蔦が絡み合うように合わさっていったのか、わからない。

いずれにせよ、私たちはZ世代と呼ばれていて、気候変動などの社会問題に敏感な世代だということにされている。そういった活動をしている人がいるのも事実だけれど、一方でそれに無頓着な同世代の人もいる。社会問題に限らず、一部の人たちにその世代を代表させてそのイメージを押しつけられたり、そのイメージにそぐわないからといって「らしくない」などと言ったりするのは、そうでない人たちにとってはもちろん、代表させられた人たちにとっても乱暴なことだと思う。世代観というのは、時代を大きな観点で把握する時には役立つかもしれないが、目の前の人を把握するためには大雑把すぎて不適当だ。

イザベルたちの生活は素敵だと思うし、環境へ配慮することも大切なことだと思う。私も無駄使いすることや食べ物を残すことは避けたいし、ペットボトルや服を買ってはすぐ捨てるような生活を嫌ってもいて、そういうことに無頓着な振る舞いを見るとモヤっとすることもある。

でもそれは私がZ世代だからではなくて、瓶詰めのヨーグルトに祖母の瓶詰めの牛乳を重ねて懐かしく思ったり、祖母(こちらは母方の)に「米粒まで残さずきれいに食べなさい」と躾けられたことが身についていたり、ペットボトルの山を見たらその本数×約150円という計算式が立って出費を惜しんだり、服を作る大変さを知っていたりした…ということが背景としてある。

だから反対に、そういう個々の経験がなかったら、私もそれらの振る舞いに無頓着であっただろうし、きっと私も自分では気づいていない無頓着な振る舞いをしている。それに気づいたとしても、すぐに価値観を変えて生活を改めるということはできそうにない。簡単にできることもあるだろうが、例えばイザベルたちのように水洗トイレを使わず、乾式トイレで木屑を吸収剤として用を足すのは、私にはできない。

イザベルたちもそれをわかっていて、「私たちはこっちを使うけど、あなたは好きな方を使っていいのよ」と、押しつけることはしないし、水洗トイレという選択肢を排除してはいない。
乾式トイレの方が環境にとって良いというのはわかってはいるし、どんなものなのか興味はあるが、今のところ使おうとはまったく思えない。水洗トイレが排除されていたらと思うとゾッとする。もしイザベルが水洗トイレを使うことに対する寛容さが無かったら、ホストファミリーを変えてもらっていただろう。

幸いなことに、彼女はとても優しい素敵な人で、水洗トイレを排除しない。そんな彼女と接しているうちに、私ももしかしたら、乾式トイレを受け入れられるようになるかもしれない。

もしか、したら。


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