自己紹介③憧れのステージとその裏側

皆さんこんにちは!
辻本あゆみです^ ^

皆さんからのスキ♡とても嬉しいです!
ありがとうございます(^^)

そして今日は七夕かぁー🎋
なんて考えながら、今こちらの記事を書いています♫

さて、憧れだった劇団四季に入団した私。

でも合格当時、私はまだ大学4年生でした。

余談ですが、就職先が決まったので大学に報告しに行ったら、事態が把握できないようで、

「???劇団四季??制作とかですか??営業??ですか?」
と??マークたっぷりのリアクションをいただいたので、

「いいえ。俳優です!!」

と目をキラキラさせながら答えたのに、翌年の就職状況の表で「その他」になっていたのはここだけの秘密🤫😭です。笑

4年生だったので大学に行くことは少なくなっていました。
劇団四季は大学卒業には寛容で、卒業したい旨を伝えると快くOK。
卒業してからでよい、となりました。

それでも、同期はもうレッスンを始めている人もいる。
ただでさえすごい人たちばかりなのに、遅れるのが嫌で在学中から少しずつレッスンに参加しました。

在学中は実家から通っていたので、毎日始発で出かけては、終電近くに帰る、と言った生活をしていました。
よくできたなー。
若かりし頃のエネルギーに自分でもびっくりです。笑

そこから大学を卒業して本格的に練習が始まり、(無事稽古場近くに引っ越しました!笑)初舞台までも紆余曲折ありありありまくり。

涙なしでは語れません。笑

でも、憧れの舞台に立てたのは本当に嬉しくて、ここで頑張っていこうと思いました。

その後、私は運良く色々な作品にキャスティングしていただき、

「ライオンキング」
「マンマミーア!」
「エビータ」
「コーラスライン」

舞台に立つことになります。

特に、「マンマミーア!」は私が大好きな作品で、キャスティングされたときとても嬉しかったのを覚えています^ ^

その都度、厳しいながらも愛のある指導をたくさん受けて、私は同期と共に成長していくのでした。

たくさん書きたいことはあるけど、またそれは追々。笑

しかしある日、舞台上でライトに当たるとめまいがするようになりました。

奈落やセットがたくさんある舞台でその経験はとても怖かった。

気のせいかと思っていたけど、それは毎日のように続きました。

心配した先輩に病院を紹介してもらい行ってみたら。。

首の痛みから来る自律神経の乱れ。
瞳孔調整がうまきできなくなっていたようでした。

すぐにキャストチェンジをしてもらい、しばらく首に負担のかかる演目からは離れさせてもらいました。

それでもやっぱりよくならない。
今思えば、きちんと治療して復帰という道もあったかもしれませんが、その当時の私は精神的にも追い詰められ、毎年入ってくる優秀な後輩の存在もあり焦っていました。

冷静な判断が、できていなかった、かもしれません。

その他にも、色々なことが重なり、(そういうときは色々重なるものですよね😅)退団という道を選んだのでした。

四季を辞めた私は、何者でもなく、しばらく放心してのんびりしていました。

そんなとき、身体を動かす機会が減っていた私は、ふと、ピラティスに目を止めます。

そしてピラティスを始めた私は、今までと違った身体の使い方やアプローチの仕方にすぐに魅了されました。

「ピラティスって。。
すごいかもしれない…!!!!!」

そこからピラティスインストラクターになるべく、私の第二の人生が始まります^ ^

ゆっくりなペースでの更新ですが、楽しく書かせていただいております。

今日も読んでいただきありがとうございました✨

次回は、ピラティスインストラクターへの道。なぜピラティスを選んだのか。です^ ^

それではまた♡

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