2.生石灰

宝(秘宝)・・・登場人物1
緑(枯葉)・・・登場人物2

二年ほど前ー
冷たい、廊下。
大学の研究棟は古くて暗く、いつも外より2℃くらい気温が低いんじゃないか、と宝は思っている。
そこに、音。
何かが立て続け落ちる音がする。
ふつりと消えたと思うと、さらに濃い静寂が訪れる。
宝は眉ひとつ動かさない。
何の迷いもなくまっすぐと、とある扉の前へ行く。耳を澄ませる。
ドアノブに手をかけ、ゆっくりと扉を開ける。
白く霞んだ部屋の中に、動く人影。緑である。

 宝 うわっ
 緑 あの教授、これは

宝、出ていこうとする

 緑 ちょっと待って
 宝 …
 緑 何の用
 宝 いえ、ちょっと

宝、少し考えて、鞄から紙を取り出し、机の上に置く。

 宝 大丈夫です、何も見ていませんから

宝、出ていこうとする

 緑 書類の提出場所はここじゃないぞ
 宝 …教授ですか?
 緑 何でだよ
 宝 ですよね
 緑 ゼミの希望届だろ
 宝 まあ
 緑 過ぎてんぞ、期限
 宝 …えっ。そうなんですか。
 緑 もうちょい上手く嘘つけねえのか
 宝 すみません、1日勘違いしてました
 緑 そうやって平気で約束破る奴が俺は大嫌いなんだよ
 宝 失礼します
 緑 待て待て。教授に口きいてやるからさ、片付け手伝ってくれよ
 宝 自分でどうにかしますんで
 緑 うちは締め切りにはうるさいぞ?1分でも遅れればアウト
 宝 あなたのゼミに入るわけじゃありません。ここの教授の
 緑 だから、俺のいるゼミじゃん
 宝 …ん?
 緑 俺、院生で、教授の研究室の助手。
 宝 学生?何だ、てっきり他の学科の教授かと
 緑 おい、先輩は先輩だぞ
 宝 先輩ヅラ通り越して教授ヅラでしたよ
 緑 何だよ教授ヅラって。失礼な奴だな
 宝 そんな白髪頭の学生がいますか
 緑 いやこれは生石灰ぶちまけちゃってそれで

緑、頭についた粉をパンパンと払う。

 緑 ほら
 宝 そんな変わってないですよ
 緑 うるせえな。おい、廊下のほうきとちりとり持って来い
 宝 何で手伝わなきゃいけないんですか
 緑 教授帰ってきちまうだろ。早くしろ
 宝 知りませんよ
 緑 だから口きいてやるって
 宝 いやですよそんな汚い手
 緑 じゃあどうするつもりだったんだよ
 宝 提出場所を間違えたフリしてここに(と、紙を指す)
 緑 汚ねえじゃねえか
 宝 あなたに頼りたくないんです
 緑 いや、なんにせよ教授が帰ってきたときに俺が一芝居うつ必要があるだろ
   「あーなんか置いてあって。提出場所間違えちゃったみたいっすねー。こん
    な馬鹿いるんすねー、どうします?」って
 宝 馬鹿っていります?
 緑 ホントのことバラしちゃってもいいけど
 宝 …
 緑 ゼミに入りたければ、俺の協力が不可欠ってこと
 宝 やだなあ
 緑 な。ほうきとちりとり

宝、部屋から出ていく。
すぐに戻ってきて、

 宝 どこですか
 緑 出て右。廊下の突き当たり

宝、出ていく。
緑、窓を開けるが風が強く、粉が舞い上がる。

 緑 うわっ

緑、あわてて窓を閉める
宝、戻ってきて

 宝 白髪増えてません?
 緑 (地面を指して)だからこれだって
 宝 何ですかこれ
 緑 生石灰。袋に穴が開いてやがった。ほら、掃いて集めて
 宝 何に使うんですか
 緑 建築資材の研究してんの、俺。何かに使えないかと思って注文したんだけど

宝、窓を開ける。

 緑 おい、窓は

風は止んでいる。

 宝 何ですか
 緑 いや

宝、窓から身を乗り出して

 宝 黄昏時、ですね
 緑 いいから働け
 宝 黄昏時の別名知ってます?
 緑 あ?
 宝 逢う魔が時
 緑 え、何?馬?
 宝 魔物と逢うかもしれない時間帯のことです

ガチャ、とドアが開く音。

 緑 あ。教授。

幕。

ふつり、生石灰、逢う魔が時

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