0.オープニング

明転


一人の若い男(ハヤト)が、立っている。
そして彼を見つめる沢山の目。目。目。
そこに感情の色は無い。
じわり。息が詰まる。

ミホ 「ハヤト?」

はっ。
気付くと、周りの人々はいなくなっている。

ハヤト 「あ・・!ミホさん。」
ミホ 「ちょっと何ー?コワい顔しちゃって。」

(なんかイヤな予感がしたんだ、だから。)

ハヤト 「いや・・・・。寒いっすね、今日。」
ミホ 「え?そうかな?まあ普通じゃない?それより、店長が呼んでる。きっとお昼休憩だよ。」

(気をつけなきゃなって、思ってたんだ。)

ハヤト 「はい。今行きます。」

二人ハケる。
店長入り。帳簿をめくったり何やら、せわしなく動いている。
ハヤト、ミホ入ってくる。

ミホ 「店長。長田くん呼んできましたよ。」
店長 「おう。来たか。」
ハヤト 「はい。」

店長、ガン、とマグカップを叩き付けるように置く。
よく見ると、カップの取っ手がとれている。

店長 「返品だってよ。」
ハヤト 「・・そう、でしょうね。」
店長 「これ売ったのお前だな。」
ハヤト 「はい。」
店長 「なんでこんなモン売っちまうかなあ!」
ハヤト 「確認したつもりだったんですけど。すみません。」
店長 「つもりって何だつもりって!確認の意味わかってんのか!」
ハヤト 「すみません。」
店長 「すみませんすみませんって言われてもなあ!」
ミホ 「店長。私達ちゃんと、お会計のときに確認してます。買った後に、お客さんが落として割ったんじゃないですか。」
店長 「うるせえ!本社にクレーム入れられたんだ、関係ねえんだよ。」
ハヤト 「俺のミスです。すみませんでした。」
店長 「お前いい加減にしろよ。」
ハヤト 「はい。」
店長 「・・・・・・・(ため息をついて)お前ってさ。ちょっと嬉しそうに怒られるよな。」
ハヤト 「・・・はい?」
店長 「もういい。木に説教してるみてえだ。俺は本社に行って来るから、後はちゃんと頼むぞ。これ以上問題起こすなよ。ミホ、ちょっと。」
ミホ 「はい。」

店長とミホ、出て行く。ハヤトも別のハケ口から出て行く。

場面転換。

その日の夕方。
ハヤトとミホが、並んで帰路についている。

ミホ 「ついてなかったね、ハヤト。」
ハヤト 「ああ、マグカップですか。」
ミホ 「うん。あんなに素直に謝ることなかったのに。」
ハヤト 「いいんすよ、俺は。」
ミホ 「なーんか納得いかないなあ。」
ハヤト 「はは。」
ミホ 「怒られるの、好きなの?」
ハヤト 「えっ?違いますよ。店長何言ってんだって感じで。」
ミホ 「え〜ドMなんじゃないの〜?」
ハヤト 「だから、違いますって。」
ミホ 「そっか。でもちょっと、わかる気がするなあ。」
ハヤト 「え?何がですか?」
ミホ 「普通はさ、怒られたら、ムカついたりとか、凹んだりとか、なんかあるでしょ?ハヤトはそういうの表に出ないじゃん。だから、実は喜んでんじゃないの、とか?」
ハヤト 「自分ではよく分かんないんですけど。」
ミホ 「店長は、嫉妬してるんだよ嫉妬。ジェラシー。」
ハヤト「?なんでですか。」
ミホ「んー?さあねー。」
ハヤト 「嫉妬されるとか初めてだ。」
ミホ 「またまた〜」
ハヤト 「本当ですよ。俺なんて、地味で、目立たない奴ですから。」
ミホ 「そんなことないよ。ハヤトだって、いいとこ沢山あると思うよ。」
ハヤト 「え。」
ミホ 「・・・・・よし。こんな日はパーっと飲みに行こう。おごるよ。何食べたい?」
ハヤト 「・・鯛茶漬け。」
ミホ 「シメじゃん、それ。
・・あ!」

ミホ、焦ってカバンの中を引っ掻き回す。

ハヤト「どうしたんですか?」
ミホ「あー・・。私、店に忘れ物しちゃったみたい。ちょっと待ってて!」

ミホ、元来た方向へ駆け出す。

ハヤト 「えっ、ちょっと待って、俺も行きます」

次の瞬間。
ガシャーン。
ミホと車がぶつかる音。

(・・・・だから言ったのに。)

周りの人々がざわめく声。

(今日は本当に、ツイてない。)

ハヤト、その場から動けない。
人ごとのように目の前の光景を見つめている。
次の瞬間、ぶつかった車から女がふらふらと逃げ出して来て、ハヤトとぶつかる。その拍子にサングラスが落ちる。
女は、明らかに水商売と分かるような、派手な色の、丈の短いスカートを履いている。
女、サングラスを拾い上げながら、

女 「すみません。」

ふと、目が合う。
セクシーな服装とは対照的な、あどけない顔をしている。
ハヤト、どうしてか目を逸らすことができない。
そうしている間に、女は去っていく。
遠くから、サイレンの音が聞こえる。

場面転換。

数週間後。ハヤトのバイト先の雑貨屋。
喪服を着た、ハヤトと店長。

店長 「向こうの運転手も、亡くなったそうだ。」
ハヤト 「はい。」
店長 「同乗者はもう一人いたそうだが、事故の直後逃げ出したらしい。あ、お前も見たんじゃないか?」
ハヤト 「・・・・・」
店長 「それどころじゃなかったか。
こーんな短いスカートはいた、女だったそうだ。
バレちゃまずい愛人か何かだろうな。
くそ、なんでそんな奴が助かって、ミホが・・・」
ハヤト 「店長、俺店辞めます。」
店長 「・・・そうかよ。フン、俺だってお前の顔なんて見たくねえや。」
ハヤト 「お世話になりました。」

ハヤト、歩き出す。

店長 「くそ・・・!!
愛してたんだよ、俺はあいつを、
愛してたんだ・・・・・!!!」
ハヤト 「・・・・・・え?付き合ってたんですか?」
店長 「そうだよ。
・・・何だ?文句あんのか?」
ハヤト 「イエ。・・失礼します。」

ハヤト、出て行く。

場面転換。

とある風俗街。
ハヤトが一人で歩いている。
客引きのにーちゃんや、ねーちゃんに、次々と声をかけられる。
人波に揉まれているその時、
遠くで例の女が走り抜けたのが見えた、気がした。(彼女は今日も走っている。)

ハヤト 「あっ・・・!」

ハヤト、追いかけてみるが、見失ってしまう。

ハヤト 「ここ、どこだ・・・?」

いつの間にか、暗い路地に迷い込んでしまっている。
じっとりした暗さが、少しずつハヤトを不安にさせる。
ふいに、暗がりから声がした。

老人 「おい、あんた。」
ハヤト 「!・・・はい。」
老人 「タバコ持ってないか。」
ハヤト 「え、あ、持ってますけど。」
老人 「一本くれよ。」
ハヤト 「・・はい。」

ハヤト、老人にタバコを一本渡す。

老人 「どうもどうも。あ、火がねえな・・」
ハヤト 「これ、どうぞ。」

ハヤト、ライターを渡す。

老人 「悪いな。」

老人、タバコに火をつける。一服。
ニヤニヤ笑いながら、ハヤトを見ている。

ハヤト 「じゃあ、俺はこれで。」
老人 「イヤな目してんな。」
ハヤト「・・・え?」
老人「全部他人任せにしてる奴の目だ。」
ハヤト「・・・」
老人「俺はな、そういう目が大嫌いなんだよ。」
ハヤト「・・・・」
老人「何とか言えよ。」
ハヤト「(小さく)そう、ですかね。」
老人「え?何だって?」

オーナー入ってくる。いっぱい段ボールを抱えている。

オーナー「おーい!何やってんだおっさん、残飯なら今日はねーぞ。うち、食べ物残した客から罰金とることにしたんだ。」
老人「またおまえか。」
オーナー「それはこっちのセリフだっての。俺がいるのは当たり前だろ。俺の店の裏口なんだから。おっさんを飼ってる余裕なんてねえよ、たかるなら他のもっと儲かってるとこ行ってくれ。しっしっ」

その時、ガチャ、と裏口の扉が開き、シェフが出て来る。手にはカレーがたっぷり盛ってあるお皿。

全員「・・・・」
オーナー「飼い主いた・・・」

老人、そーっとカレーのお皿をとろうとする。
オーナー、その手をはたいて、

オーナー「ちょっとシェフ、頼みますよ。何餌付けしてるんすか。うち、会計カツカツでやってるんですよ?」
シェフ「まかない、作り過ぎちゃったから・・・ってかそのシェフってのやめてくれない?」
オーナー「(溜め息、の後突然、ハヤトを見て何かひらめいたような顔をして)
シェフ、実は俺、この青年に腹一杯食わせてやりたくて連れてきちゃったんすよ。酒屋の裏の路地で、お腹を空かせてうずくまってたんです。やつれちゃって。かわいそうでしょ?どうかこいつに、まかない分けてやってくださいよ。」
シェフ「そう?(嬉しそうに)」
ハヤト「俺?」
オーナー「というわけでおっさん、まかないの余り、ないっぽいわ。すまんね。」老人「いやちょっと」
オーナー「ちょっとも余らないの。こいつ、すごーーーくお腹空いてるから。もうびっくりする位食うから。明日もあさってもしあさっても。ものすごーーーくお腹空いてるから。じゃ、そういうことで。」

シェフ、裏口から中へ入っていく。
ハヤト、戸惑っていると、

オーナー「ほら、君も入った入った。」
ハヤト「え、でも、」
オーナー「早く。」
ハヤト「はい。・・・・あの、持ちましょうか?」
オーナー「お?悪いな。」

ハヤト、オーナー、中へ消えて行く。
ぽつりと残された老人も、チッと舌打ちをして、ふらふらとハケていく。

場面転換

キャバレー「マーメイド」厨房
シェフが、テーブルにどんどん料理を運んで来る。

シェフ「好きなだけ食べてね。」

シェフはける。

ハヤト「まかない、すごい余ってるんですね・・」
オーナー「ああ、あの人、料理バカだからな。あー腹減った!」

オーナー、がつがつ食べ始める。

ハヤト「すみません、あの・・」
オーナー「何だ。食えよ。かなり美味いぞ。」
ハヤト「あの、俺、別に飢えてたわけじゃ」
オーナー「え?でも顔色良くないぞ。ガリガリだし。」
ハヤト「いや、あの」
オーナー「あ。おっさん追い払うのにお前を使ったこと怒ってんだろ。それは悪かったよ。あの辺ずっとウロウロしてて、迷惑してたんだ。女の子達にいつちょっかい出すか、わかったもんじゃねえしな。お前がいて助かったよ。メシはそのお礼だ。」
ハヤト「・・いえ、俺も、助かったので。」
オーナー「助かった?」
ハヤト「あ、別に。タバコくれって言われただけなんですけど。」
オーナー「それで、あげたのか。」
ハヤト「まあ、はい。」
オーナー「もったいないなあ。ほい、これやるよ。」

オーナー、ハヤトに新品のタバコの箱を渡す。

ハヤト「え?」
オーナー「マルボロは嫌いか?」
ハヤト「そんな。もらえませんよ。」
オーナー「お礼だよお礼。」

女の子が駆け込んでくる。

女の子「オーナー!こんなところにいた。5分前ですよ!」
オーナー「え?もう?」
女の子「もう?じゃない!早くスタンバイして!!」
オーナー「すまん。すぐ行く。(飯をかきこんで)(ハヤトに)お前、このテーブル片すの手伝って。」
ハヤト「あ、はい。」

二人でテーブル、イスを片付けながら

ハヤト「・・・・あの、5分前って、何のですか?」
オーナー「あ、そうか。(奥に向かって)シェフー、こいつにショーを見せてやってくれませんか?」

シェフ、出て来て、

シェフ「いいですよ。」
オーナー「じゃ、あとお願いします。」

オーナー、走ってハケる。

シェフ「じゃ、行こうか。」
ハヤト「ショーとか、女の子とかって、ここは・・」

舞台奥、ダンサー達が待機し始める。

シェフ「ここはね、この界隈で一番老舗のキャバレー、『マーメイド』だよ。」

最後に奥から、オーナーが駆け込んで来て、マイクの前にスタンバイする。

照明変化。

オーナー「ようこそ!キャバレー・マーメイドへ!!」

♪ME(イメージ)『ジムノペディ/竜宮城』
歌うのは、No.1ダンサーのマリ。その後ろで、ダンサー達が踊る。
ハヤト、マリの顔を見て驚く。交通事故の時に会った、あの女の子だったのだ。
思わずシェフの方を振り向くが、シェフの姿はいつの間にか消えている。
曲が終わり、店の中は拍手と歓声の渦。

照明変化。

歌い終わったマリは、愛想よく2、3度客に手を振り、さっさと奥へハケていく。唖然とそれを見つめるハヤト。


《続く》

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