息子、二十歳の誕生日

そう言えば、6月の27日は息子の誕生日だった。二十歳の誕生日だ。すっかり忘れていた(笑)。息子は大学に進学して下宿を始めているので家にはいない。私は私で珍しく仕事が忙しく、息子もいないとなるといよいよ家のことに構わないので帰宅が22時頃になるのもしょっちゅうという有り様で息子の誕生日など意識に上らない。思えばあれから二十年になるのかと感慨深くはある。出産後、産湯をつかってすぐに、私がまだ分娩台から降りないうちに私の胸にのせてもらった。あの重みは今も忘れない。

母がよくこう言った。「子供は変わる」と。息子の二十年を振り返ってなるほどそうであったとつくづく感じる。進学する度に変わってきたような気がする。それは息子ばかりではなく近所の子供達でも同じで、小学校の低学年の頃にはマシンガンのようにまくし立てて話していた賑やかな女の子が高校生にもなるとすっかり静かなお姉さんになっていたりするので驚かされたりする。

幼いころから総じて大人しい子であって、言葉は苦手な子だった。1歳半検診で言葉は出ましたかと問われ、出ませんと答えたことを覚えている。1歳半というと犬を見て「ワンワン」とか、車を指して「ブッブー」といった言葉が出始めるころだ。「一語もですか?」と重ねて問われて「一語もです」と答えた。すると質問が変わった。「意思疎通はできていますか?」 これには自信を持って答えた。「できています。冷蔵庫の前であーあーというのでお茶をあげると美味しそうに飲んでます」  両親揃って理系で言葉は不得手であったので発語が多少遅れてもあまり気にはしていなかった。

そしてとにかく、よく泣いた。こけても泣かなかったが、バイバイするときは決まって泣いた。おばあちゃんの家から帰るので泣いた。外遊びから帰るときには泣いた。保育園に通い始めて私とバイバイするときは、私にしがみつく息子を先生が引き離すといった感じだ。二週間で慣れますと聞いたが、半年間、秋がくるまで泣き続けた。秋冬とようやく泣かなくなったと思ったら春になって先生が変わるとまた泣いた。男の人が苦手で、こけて助けおこしてくれたのが男の人だったら、こけたことよりも男の人に抱き起こされたことで泣いた。

そんなだったので学校に上がって大丈夫かしらんと少しの心配はあったが、ほとんど休むことなく通い続けた。学校でもあまり目立って話す方ではもちろんなく一人でいることもあったようだが、不思議とどの先生方もそれを心配されるようなことはなかった。一人でいてもあまり苦にならないタイプだとわかるものなのかもしれない。家ではゲームばかりで、小学校二年生の夏休みはもうすぐ二学期というのに宿題がたんまり残っていて、二人で半ば徹夜になったこともあった。

中学に上がると吹奏楽部に入った。学業は小学校以来真ん中あたりを漂い特に上位を目指すでもなくであったが、吹奏楽部は楽しかったようである。学校て打ち込むものができたようで、それまでのんびりと過ごしてきた息子に少し覇気が出てきたように見えた。

高校は進学したと同時にコロナがまん延し、入学しと思ったらいきなり二ヶ月の休校である。学校から自習用のプリントが配られて自宅で一人勉強する日々である。そのせいというわけではないと思うのだが、高校に入ってから随分勉強熱心になった。驚くほどの変わりようである。ゲームはまるでしなくなって、夜は遅くまで机に向かって勉強している。こちらが早く寝なさいと促すほどだ。クラブ活動もままならないので、ほとんど勉強漬けの三年間だったかもしれない。大学受験は志望校にギリギリかという感じだったが、共通テスト前日にまさかの発熱。三年間無事故無病だったのに共通テストの前日に発熱とは出来すぎだ。試験日も体調は戻らず這々の体で受けた試験は案の定落ちた。初めての、そして一番の挫折だったかもしれない。翌一年は予備校通いで今年ようやく志望校に合格し、下宿を始めたのがこの四月である。

下宿を始めてからも何度か帰ってきたりで会って話をしたが、また変わったなと思う。声は低めでボソボソと聞き取りにくかったのがはっきりしてきた。何を聞いても「別に」とか「普通」とか、単語が一つか二つの答えだったのがいろいろ話すようになった。声もはっきりしてきて、聞いていても楽しい。幸いにして大学生活も充実しているようだ。そうして、再び吹奏楽を始めて楽しんでいる。先日コンサートで見たスーツ姿で手を振る息子は、少し眩しかった。

小学校、中学校、高校、大学と、進学する度に変わっていった。いつの間にか勉強熱心になり、いつの間にか考えを持つようになり、いつの間にか考えを話すようになった。親がやきもきするまでもなく子供は子供で考えて前に進んでいくのだろう。二十歳前後はおそらく人生で一番活気にあふれる頃だ。それを味わいつくして楽しんでくれればいい。そしてまた違う息子に会えるのを楽しみにしている。

二十歳の誕生日、おめでとう。

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