広島中・高等学校文芸部第四句集「星果てる光Ⅳ」

広島県立広島中・高等学校文芸部第四句集「星果てる光Ⅳ」(二〇一六)を読んだ。「星果てる光」という書名は第一六回俳句甲子園全国大会(二〇一三)で同校が提出した「蓑虫に星の果てたる光かな」という敗者復活用の句から取られたものであり、当時の生徒が誰もいなくなったあとも使われ続けていることに、毎年ながら感激する。

葉桜をふくみて風はしづかなり 荒谷菜々穂

葉桜というと僕は篠原梵の〈葉桜の中の無数の空さわぐ〉(『皿』甲鳥書林、一九四一)をすぐ思い出すが、この句は葉桜が風を含んでいるのではなく、風が葉桜を含んでいるのだという。一樹を吹き抜けた風にその葉の青い香りがほのかについたのではないかという繊細な感覚に「ふくみて」という言葉が当てられている。

頚骨の血の重うなる夕焼かな 山本夏子

この句はなんといっても中七のウ音便の渋さが利いている。格調高い詠みぶりなのに、首がガチガチに凝っているときのしんどさもきちんと書き込まれている。

引つ越して花火の近くなりにけり 竹村美乃里

「ーてーなりにけり」といういかにも説明的な言い回しで、こんなに他愛のないことを言ってのけるぬけぬけ感。好きだぞ。

いぬふぐり笑ふと喉をこゑ湧いて 吉川創揮

「助詞や助動詞でどうにかする界」というのがあって、わりと若手にはその界隈の者が多いが、この人もそれである。「笑うと声が出る」というただごとをこのように書くだけでなんかかっこいいからずるいよな。

何もない街を愛して浴衣着る 大島穂乃花

チェーン店すらろくにないような地方都市に生まれてしまって、卒業したら東京に行くんだと心に決めながらも、お祭りの日となれば期末試験の勉強もほどほどに、友達と浴衣を着る約束をして、中学の友達やがきんちょやジジババがたくさんいるダサい夜店に繰り出す、そんな高校生の姿が目に浮かんで、ちょっと泣けてしまった。何もないけど愛するしかないのだ。この句は、季語がそのへんの花とか星とかじゃなくて「浴衣着る」なのがすごくいい。この街に生まれた自分を、自分でみつめることのできる目が、この句を書いている。

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