つれづれ

北海道に産み落とされてしまった若者たちにとって、親戚一同を始めとするオトナから見た最大の栄誉といえば、北大(北海道大学)に入ることと道新(北海道新聞)に載ることの二点であるのは言を俟たない。大学受験産業に関わる人が「どうも北海道の人たちは北大と小樽商大と弘前大しか大学を知らないらしい」と揶揄するのを聞いたが笑い事ではない。

というおよそどうでもいい話から書き始めたのは、北海道を出て茨城に住むこと今年で六年目のワタクシ、北海道新聞に五十嵐秀彦氏から「高校時代に北海道で俳句をやっていたのに進学で道外に出てしまった若手」の代表格として名指しで書かれること一度ならぬゆえで(本当に「出てしまう」という言い方をしている)、マジでもうそれ言っちゃあかんやつだからなと思いつつ、そろそろ心も澄み渡ってきたし、地元への愛着や恩返しの思いも湧いてきたから、せやかて工藤北海道にいなくてもできることってあるやろ、ということで、〈創立50年記念 北海道文学館俳句賞〉に応募してみたのであった。この賞の盛り上がりに寄与するのが恩返しという理屈デアリマス。

なお大賞の副賞である10万円に目がくらんで応募したのではないかという根も葉もない疑いを掛けられている気もするが(なんとこの声はおれの心の中に住む天使からも発せられている)、いやー金のために俳句書いてないですから。

結果からいえばぎりぎり入選で、道内の俳人からは祝福の電話やメールを数本いただき、それはもう当然ありがたく受け取るのだが、今日ただ一人、旭川の某お偉いさんから、「残念でしたね」とメールが来て、ああ、と頭が下がる思いがした。

つーわけで、この賞に関してはもうかなり当事者なので、さっき届いた作品集(『架橋』というタイトルがついている)がなかなか面白いとはいえ、賞という権力装置の力学上、何を書いても妙な意味が降ってわいてしまうこと必定。この作品集、知り合いが結構入っていたりして、そのうえあまり出回っていないのだろうから、ちょっと紹介しておきたいという気持ちが芽生えないでもないのだが、当noteで鑑賞するのは避けておく。文学館に問い合わせれば残部はあるのではないだろうか。

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