初鏡

新年詠というものにはどうにも関心が湧かず、これまでほとんど書いたことがなかった。唯一の例外は二〇一四年の一二月二三日に、当時野方に住んでいた大塚凱の家に、杉山葵、今泉礼奈、小野あらたともども押しかけて句会をした折、あらたさんが「成木責」とか「投扇興」とかを席題で出したのでしかたなく書いた時で、翌年初春の「週刊俳句」に〈ぼろぼろの投扇興の畳かな〉というのが載っているのはこのときのものである。……というような記憶は、先日になってとある人がだしぬけに当該の句をそらんじてみせて、当の作者である私がびっくりしたついでに日記を引っ張り出してたしかめたまでのことではある。

それが、どういう風の吹き回しか、そろそろ人事も詠まないとナなどと、いったいなにがそろそろなのかは知らないが、そんな気分になったので、今年はずいぶん新年の季題を詠んだ。

以上はみっともないマクラであって、実を言えばここからが本題なのだが、ま、そんなこんなで出来上がった新年の句に、こういうのがあった。

わが老イのかんばせ見ばや初鏡 翔

若々しいおれの顔が映る鏡をしげしげと見ながら、いったい数十年後にはいかなる顔つきになっているのかしら、渋いおじいさんになっているとよいのだが、という風情で、句の出来栄えはこの際どうでもいいのだが、これを詠んだあと、ふと嫌な予感がして『図説俳句大歳時記 新年』(角川書店、一九六五)の「初鏡」を引いてみたら、案の定、「初化粧」という傍題とともに、〈新年はじめて鏡台にむかって化粧をするのを初鏡・初化粧といい、また単にその鏡をも初鏡という〉(山田徳兵衛)という解説が載っていたのであった。季語の本意を誤解していたのである。

余談だがこの項目を執筆している山田徳兵衛といえば古い人形屋の当主で、一九六五年ということは、戦前、日米友好の人形交換の際、青い目の人形の返礼に日本人形を手配した先々代だろう。なんでまた歳時記の項目など書いているのかと思って簡単に調べたら、実は俳句をやっていたらしい。

『図説俳句大歳時記』の例句は、解説の執筆者とは別の委員が蒐集しているはずだから、上記の解説に続く例句は、別段徳兵衛が選出したわけではないことになるのだが、ざっとこれに目を通してみると、はたして化粧と限定してよいのかどうか、いささか不審に思えてきた。

人のうしろに襟合せたり初鏡 中村汀女『汀女句集』

初鏡竹の戦ぎに身の緊り 阿部みどり女『光陰』

といった句は、化粧かどうかは判然としないが、作者が女性であるということを勘定に入れて、ひとまずは措いておこう。というのも、時代に鑑みるならば化粧は役者をのぞいて女性のいとなみであって、となれば「初鏡」の本意であるらしい化粧と、女性という属性とは、いささか不可分のものだからだ。句の中に化粧を暗示する言葉がないというだけでは、それぞれの句の世界において背景化している化粧の存在は否定も肯定もできない。

つづいて男性俳人の場合だが、これは、

梅や紅人のけはひの初鏡 鬼貫『梅能牛』

女小笠原菱重ねしつ初鏡 調和『おくれ雙六』

姉妹の怨寝もよし初鏡 山口青邨『雪国』

初鏡髪荒梳きに吾子は十九 能村登四郎(馬酔木)

などと、女性や化粧を示す言葉が詠み込まれている場合がほとんどである。

ただし男性俳人のもので、性別や化粧の関係のない句というのも多からずは収載されておる。それは、

まだ何も映らでありぬ初鏡 高浜虚子『虚子全集』

という句。男性作者だが作中主体の性別は不明という次の句もある。

初鏡眉目よく生れここちよし 池内友次郎『友次郎句集』

なんともまあ、高浜家の融通無碍ぶりというべきか。

しかるに、男性が鏡を見ている句が一句紛れていた。

初鏡ひげ落さねば亡父に似て 井上如風(氷海)

氷海にいたという井上の性別は手元の資料では判明しなかったが、ひげを落とすというからには詠まれている人物は男性と見てよいだろう。ひげをそるのも身だしなみだが、これは化粧とは言わない。雲行きが怪しくなってきた。季語の本意が揺らいでいるような気がしないでもない。男も鏡を見るのである。

さて、こうなってくると、最近の歳時記を確認しておく必要が出てくるのだろうが、あいにく角川ソフィア文庫の角川学芸出版編『俳句歳時記 新年』の最新版である第五版をまだ入手していないので(たぶん昨年末までには出ていたと思うのだが、わが市内の本屋では見かけない)、二〇一一年に出た第四版増補を使います。

この歳時記には項目の執筆者がないので、解説部分の執筆者は不明だが、内容は『図説…』とほぼ同じで、「初化粧」を傍題に立て、〈正月初めて鏡に向かって化粧をすること。またはその際の鏡をもいう〉というふうになっている。

例句は、女性は前出のみどり女の句のみで、あとは、

初鏡娘のあとに妻坐る 日野草城

母ひとり先に起出で初鏡 波多野爽波

初鏡一畳で足る妻の城 土生重次

かんざしの向き決めかねて初鏡 鷹羽狩行

空容れて旅の乙女の初鏡 大串章

と、見事に、男性が「娘」「妻」「母」「かんざし」「乙女」という女性を示す言葉を入れて詠んだ句になっている。本意を重視した選句ということになろう。

(なお、『図説…』の方にも考証がないので季題の成立時期は不明だが、例句には近世俳諧が入っているのでいちおう古い題らしい)

こうなってくるといよいよソフィア第五版の解説も読んでみたいところだが、手元にないのはどうしようもないから、まあそれは別の機会に。

話を纏める。初鏡の本意は、その形成過程は不明ながら、化粧のことであるらしい。ただし『図説俳句大歳時記』には、男が鏡を見ていると思しい句が収録されている。しかし、時代は飛んでソフィアの第四版増補『俳句歳時記』では、本意もに例句にも、かならず女性が絡んでいる。

結論は、出ない。男性の「初鏡」を許容するか否かは各人の季題観にゆだねられるしかないであろう。男性が化粧をしない時代でも、鏡を見ない時代でもあるまいし。ただし現状、男性の「初鏡」の句が、質的にも量的にも多くはないと思われるから、急いで歳時記に加える必要があるわけでもない。私はいちおう、無防備に詠むのは避けておきたいという気分になっている。

さて、ところで、私がどうして自分の姿を見た鏡を「初鏡」と詠んだのか。

実は、こういう句が頭にあったのである。

初鏡またこの顔で行くほかなし 仲寒蟬『巨石文明』(KADOKAWA、二〇一四)

この句については栞で櫂未知子が〈作者を知っているゆえか、この二句もまた、一読してくすくす笑ってしまう。明るい関西弁とその大きな顔(失礼)を思い浮かべ、「そうだろう、そうだろう」と頷いてしまうのである〉と書いており、これもコミで覚えていたというのも大きい。「この」という代名詞からは、いわゆる一人称の詩という俳句の性質にあっては、作者である仲寒蟬の姿や性別を思い浮かべてしまって仕方がない。寒蟬さんが自画像のつもりで詠んだ句なのかは知らないが。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?