河童——富山行顛末(二)

高岡古城公園へ行った。

加賀前田家はもと金沢城のほか富山城を持っていたが、慶長年間、二代当主・前田利長のときの大火でその富山城が失われ、それで高岡城ができた。いまだ天下統一が果たされていなかったころの話で、やがて大坂夏の陣が終わって一国一城の令が出されると、とうぜん高岡城も廃されてしまったわけだが、三代・利常はこれを保存し、蔵として運用しつづけた。明治に入ると払い下げられて開墾の危機に瀕するが、住民運動で逃れ、明治八年には近代公園として認定されている。「高岡古城公園」として整備されたのち、高度経済成長期の開発ブームも潜り抜けた。いつ壊されてもおかしくなかった城跡が、ずいぶんと大規模に残っているさまは、いざ来てみるとなんとも不思議だ。背景には、それぞれの時代の人々がこの場所で見た夢が見え隠れする。

なにげない風景の意味が、そこにまつわる経緯を知ることによって判明する瞬間というものには、息を呑まされる。

たとえば、古城公園内にある動物園。ここに「絵筆塔」という銅製のオブジェがある。案内板によると、平成元年、絵筆塔建立実行委員会の依頼で、高岡銅器協同組合が建てたもので、同じものが鎌倉市にもあるという。塔を見てみると、手塚治虫など当時の有名漫画家一五四名の河童の絵があしらわれている。もちろん藤子不二雄両氏の絵もあって、だからだろう、高岡市が出している「藤子・F・不二雄ふるさと高岡ポケットガイド」という小冊子にもこの塔が載っている。

だが、そうはいっても、いったいこんなものがどうして立っているのか、いまいちピンとこない。藤子不二雄を顕彰するものにしては、別段、両氏の絵が目立つところに見えるわけでもない。鎌倉にもう一基あるという事情も不明瞭だ。それに、漫画家全員が河童の絵を描いているというのが解せない。そもそも「絵筆塔建立実行委員会」なるものがなんなのかよくわからない。

そう思っていたら、塔の脇に、動物園の飼育員が手製したとおぼしきコラムが貼られていた。一読、違和感の一部が氷解した。「絵筆塔建立実行委員会」とは横山隆一や牧野圭一らが中心メンバーだった会で、この会の目的は、清水崑ゆかりの荏柄天神社に、「絵筆塚」を建てることだったのである。荏柄天神社は清水崑の絵筆が奉納されていることで知られる神社で、川端康成の筆による「かっぱ筆塚」がある。もちろん、清水崑といえば、河童の絵で知られた漫画家だ(清水崑を知らない人のために説明すると、清水崑というのは一九五〇年代に「かっぱ天国」で一世を風靡した人で、黄桜の河童ももとはこの人のデザインだし、カルビーのかっぱえびせんだって、清水がデザインした「かっぱあられ」の後続商品なのだ)。

高岡に絵筆塚の双子の片割れがあるのは、そもそもの絵筆塚を高岡で作った縁らしい。同じ目的で二つ作ったというよりは、鎌倉のために作ったオマケのようなものだったということだ。

じゃあなんで絵筆塚を高岡で作ったのか、というのは、ちょっと謎だったのだけれど、あとで、公園内にある市立博物館で高岡大仏がらみの解説を読んだら腑に落ちた。

高岡大仏は承久年間に木造で建てられたのち、明治までに二度の大火に遭い、昭和八年に鋳銅仏として再び造られた。巨大な光背を備えている点で珍しく、奈良・鎌倉と並んで日本三大仏とされている。そんな珍しい大仏がこんなところ(——公園を出たあとで手を合わせに行ったけれど、街並みのど真ん中に、唐突に鎮座していて、しかも入場料もなく公開されている)にあるのは意外だったが、なんとなれば、高岡は銅器が名産で、鋳型の設計から鋳造、着色に至るまで、すべて地元の職人たちでこなせたのだという。

絵筆塚を銅で建てようという話になったときに、高岡の職人たちに依頼が来たのは、そういう事情だったのだ。

いやはやまったく、高岡の名産に銅器があるなんて知っていれば、初めから悩まないで済んだので、恥ずかしい話なのだけれど、とかく、絵筆塔の正体がはっきりして面白くはあった。昨年も訪れていたのだが、藤本弘=藤子・F・不二雄の顕彰にしては奇妙なオブジェだなと思っていたのだ。

そうはいっても、一方で、この塔は今後、藤本弘顕彰の拠点の一つになっていきもするのだろう。高岡市が作っている「藤子・F・不二雄ふるさと高岡ポケットガイド」に載っていることはすでに述べた通りだ。実は、訪れてみてわかったのだが、藤本本人の遺物が高岡市には少ない。何年か前に、川崎市藤子・F・不二雄ミュージアムの分館のような形で開館した藤子・F・不二雄ふるさとギャラリーの展示品を除けば、この絵筆塔のほかに、地場産センターのホールの緞帳デザインがあるくらいだ(この点、存命の安孫子素雄=藤子不二雄Aがデザインしたご当地キャラクターがいる氷見市とは違う)。数少ない藤本本人の絵が、この塔には描かれているのだ。なんでドラえもんが河童のなりをしているのか、ほとんどだれにもわからないのだろうけど。

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