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幼稚園の先生。

その人がわたしは大嫌いだった。

とても厳しくて、給食を残すと怒るし、みんなと違うことをするわたしを変な目で見ていた気がする。

幼稚園の頃のわたしは給食の時間が本当に嫌いだった。その一因を作ったのもその人だった。食べられないのに食べないと終わらない給食。

嫌々食べるから、精神的にも苦痛で、飲み込んだ瞬間どうしようもない不快感に襲われて食べたモノ全て吐き出す。

そんなことの繰り返しだった。わたしはおおよそ一週間に一回は給食中に嘔吐していた。


その人のことは、だから大嫌いだった。

でもなぜか、幼稚園が終わった後の、帰る前のその人のことは好きだった。

多分、その人はお母さんの前だから笑っていたんだろう。


給食をちゃんと食べられないことはその頃のわたしにとって、自分がダメな証の様だったので、先生はそんなダメなわたしのことを嫌いになっているかもしれないと思っていた。

でもわたしはその人にすら自分のことを好きでいて欲しかった。


笑っていること、愛されていること、そんなことが小さなわたしには大切だった。唯一、その人が笑っているのが、その人が怖くないのが、帰る前のその時間だったのだと思う。


幼稚園時代の給食は辛い思い出で、今でもその時の気持ち悪さや、悲しくて苦しい気持ちを思い出すことができる。

でも、今はちゃんとご飯も選んで食べられるし、人のことを怖いと思うことも減った。

自分だって二面性があるし、人に怖く当たってしまうこともあることを知っているからだ。


でも子供にとってそんな大人の二面性は凶器になることも知っているから、忘れることなく、自分が子供を育て上げるまで、この辛い思い出はきちんと胸に留めて行こうと思う。


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