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1.絶望の初動

雨が降ったり晴れたり曇ったりするイタリアのコロコロ変わる気候は、日本の恋心なんて比にならなくて、私の気分を上下させた。
晴れている時のミラノは、本当に綺麗で、でもなぜか近視感があるのはきっと、映画で何度も観たからだと思う。

ミラノに着いたのは朝の6時。
相当疲れていたのは、実働時間は23時間なのに、世界の時間は16時間しか進んでないからだろう。
この時差ボケという現象を母に何度話しても確実に理解してくれず、「つまり、お腹減ってるってこと??」と何度も聞いてくるので、「そうだよ、お腹減ってるんだ〜」と諦めて返した。
なんとも言えない機内食を定期的に食べたせいでそこまでお腹は減ってはいなかった。
それでも部屋を借りるホストに連絡がつくまでカフェで時間を潰した時に、クロワッサンを食べた。感動するほどの美味さはなく、次はピザを、もとい。ピッツァを食べてみることにした。
私はドリップコーヒーが飲みたかったのが、出てきたのはエスプレッソで、イタリアにはドリップという文化があまりないことをこの時に知る。日本のお猪口という文化に少し似ている気がする。

チェックインは14時だったが、ダメ元でホストに連絡をしたら、開けてくれるとのことで、12時には部屋に入れ、覚えたての”グラッツェ”と”チャオ”で挨拶を交わした。
友好的な人々のおかげで、チャオがただ言いたいだけのアジア坊主になってしまった私は、道ゆく人にチャオと言いまくったが、挨拶だし、悪くないだろう。

適当な日用品を買い、食材を買い、異国の包装に少し気分が上がった。
モタモタと買い物をしていたら、初日から突撃訪問をして、それから翌日の本番突撃に備えた方が良いと大介さんからアドバイスをいただいた私たちは、早足で家に戻り、即座に家を出て、アポイント無しで突撃してみた。

意外と緊張していない指でインターホンを押し、「アポイントはある?」と聞かれ、「ない」と答えると中に入れてくれる事務所と、そうでない事務所があることを知った。
そりゃ当たり前だ、無駄に納得した。
それでも爪痕を残そうと強引にBOOK(私専用写真集みたいなやつ)とコンポジット(名刺みたいなやつ)を渡そうとしても受け取ってすらもらえなかった。
ただ、とても笑顔で接してくれた事務所の人ばかりで、その人当たりの良さのおかげで悪い気はせず、こちらの人の温かみを感じた。
きっと東京だったら、変な奴が来たと適当にあしらわれるのだろうな、と考えたりもした。
やっぱりちゃんとグラッツェと言ったし、チャオも言った。

まだ1日目で2箇所しか突撃していないから、心には希望がまだ残っていて、悲惨な気持ちにはなっていない。
これから大介さんのいう”地獄”を見ることになるのかもしれないが、できれば見たくない。
というより、絶対に見たくない。

モタモタと買ったパスタとトマトソースで夜ご飯のトマトスパを作り、ルームシェアの仲間が持ってきた粉末の春雨スープも飲んだ。
中華も和風もあったが、飲むならヨーロッパっぽいのが飲みたくて、ギリイタリアっぽいシーフードにしたが、まぁ、イタリアンではないな。
拵えた飯は、よく自分が作るご飯だから、特にイタリアっぽさはなく、食べ終えたら急に眠気が襲ってきて、何もする気が起きなくなってしまう。
母よ、これが時差ボケだ。

2日目の朝。
昨日は22時には寝て、6時半には起きた。
もうミラノは明るくて、日照時間の長さに驚いた。
朝から優雅にコーヒーを嗜もうと思い昨日買った豆でコーヒーを淹れようとするも、コーヒーをドリップするものがウチにはなく、諦めようとしたが、謎の多分コーヒーを淹れると思われる何かを見つけた。
試行錯誤するもコーヒーは一向に出来なかった。
ルームメイトが的外れのような日本語をGoogleに投げつけたら、帰ってきた答えは”マキネッタ”と言うらしい。
その単語で調べてなんとか抽出し、たくさんできてしまったコーヒーを朝からガブガブ飲んだ。あと安いリンゴとパンで朝食を済ませた。

今日からが本番。
アポイントが取れている事務所が1箇所。
気合を入れて家を出たはいいものの、玉砕した。
服を脱がされ、BOOKを見せ、歩かされ、私たちとは合わないので無理です、健闘を祈る。的なことを言われて、事務所を出た。
悔しかったし、焦りがグワっと押し寄せてきた。
コレ、もしかしてやばいぞ?
そう思った通り。
全ての事務所の入口で
「アポイントはあるか?」と聞かれ、
「ない」と答えると、
「メールでアポイントをとってくれ」といわれ帰らされる始末。
BOOKやコンポジットすら見てもらえない。
そんな状況が5箇所ほど続いた。
よし、これじゃだめだ、作戦を変えよう。
ルームメイトと一度合流し、作戦を練った。
その作戦はこうだ。

《作戦その1》
メールを送り、電話をして、今メール送ったけど見てくれない?と言う作戦。
《作戦その2》
そもそもコンポジットとBOOKを開いて突撃する。

作戦を決めた私たちは、カップに残っていたコーヒーを一気に飲み干し、別れた。
ちゃんとお店の人に、チャオ!って言った。
笑顔で返してくれるのがすごく心地よくて、もうクセになってる。

次に向かう途中、私の携帯の充電が切れた。
モバイルバッテリーは壊れてしまっていた。
おい勘弁してくれ、厄年のツケか?
海外にも厄年という概念はあるのだろうか。
本当に途方に暮れた。
何故ならば、次に向かう事務所の住所がわからない。
突然に3%を残して急に切れたのだ。
一旦タバコを吸って、記憶を頼りにウロウロするも、一向にわからない。
たぶんその道を2往復はしただろう。
諦めようかと思ったが、諦めきれず、勇気を出して道ゆく人に住所を聞くことにした。
狙いを定めて声をかけたが、急いでいるらしく、断られた。
さらに狙いを定めて2人目。

私を助けてくれた。

Googleマップで調べてくれた。
通りは奇跡的に当たっていて、番地は35だと教えてくれた。
手を合わせてお辞儀をし、サンキューとグラッツェと何度も言い立ち去った。
まじで絶対次決めたる、そう決めた。勝手に。
35番地を見つけたが、また分からない。
警備員さんだと思って話しかけたおじさんは、お客さんで、アイドンノーと言われた。
フロントらしきところがあって聞きに行ったら、バーの店員さんだった。

狙いを間違いすぎている、私。

翻訳もない、なかなかに英語も通じないけど、なんとか通じて出て左だと教えてくれた。
またたくさんグラッツェとサンキューを言った。
目的地の厳重な建物が姿を現したが、外でタバコを吸っている人と目が合い、モデル?と聞かれたから、そう!と言ったら、中に入れてくれた。
中に入ることには成功したから、ここを絶対掴むと勝手に決めている私は、サラリーマンの知恵を活かし、コンポジットをブッカーだと思われる来た人にすぐ渡した。
アポイントは無いけど見てください!と伝えた。
少し待ってて、そう言われて待っていたら数十秒で帰ってきて、
「ごめんなさい、モデルを探してないです。」
って言われてしまった。
助けてくれたみんなごめん、掴めなかったわ。

大幅なタイムロスをかましたので、切れる前にルームメイトとの待ち合わせ場所に向かうことにして、待っているも、時間になっても一向に来ない。
20分経っても来ない。
先に帰ったのか?!なんだ??何か問題が起きたのか??
不安になるもの連絡が取れない。
意を決して、近くのお店で、充電できないか、そう頼むことにした。
一軒目は断られたが、もう断られることに慣れてしまった私は、すぐ隣のお店に行き、頼んでみた。
「あと10分で閉まるの、ごめんなさい」
そこを1分だけ!少しだけでいいから!

充電をさせてくれた。

なのに全然回復しない私の携帯は、本当に壊れてしまったのか、と不安になり、閉店の時間になった。
申し訳なさと、私はこの人に何も返してあげられない、そんな気持ちから、諦めようとしたら、閉店するけど、5分ならいいよ、そう言ってくれた。
また、助けてもらった。
その2分後、たまたま外を見たらルームメイトが歩いているのが見えて、彼女に友達が来たから大丈夫!そう伝えようとしたら、携帯が復活した。
奇跡が起きた!本気で思った。
やっぱりイタリアで厄年は関係ないらしい。
またまたたくさんのグラッツェを言い、走って店を出て、友達を追いかけた。

不意に出たHey!!。
日本語より先に英語が出た。
こうやって自然にたくさんの英語が出て来ればいいのに。そう思いながら合流して、結果を伝え合った。
やっぱり玉砕だったらしい。
食材を買い足して、家路につく。
何故か近く感じてきたのと、安堵感があるのは、もうあそこを家だと認識しているからだと思う。

明日、死ぬ気で取り組まないといけない。
俗に言う”背水の陣”になってしまった私たちは、大盛りのパスタを作って食べたら昨日同様に眠くなってきて、心が疲れると、体も疲れるらしい。そう思った。

明日がこの2ヶ月を左右する日になる。
核心と共に意外と寝心地の良い布団に入って目を瞑ったらあっという間に寝てしまいそうで、頑張って目を開けながらこのノートを書いている。

今日は少し寒くて雨だったから、明日こそ晴れるといいな。
明日こそ、祝杯のワインを飲みたい。

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