『太陽がいっぱい/パトリシア·ハイスミス』

言わずもがな、アラン·ドロン主演の映画で知られる作品の原作である。

主人公トムは、イタリアに行ったまま帰って来ない富豪の息子の親友と勘違いされ、連れ戻すように依頼される。

自分と年も同じ、背格好も同じ、ただ違うのは、貧しいか裕福かと言うことだけ。父親のお金で悠々自適な生活をしているディッキーに対する羨望と憧れは、いつしか恋心に変わっていく。

殺人に至る過程は、実は相当に入り組んだ心理が潜んでいる。
自分にないものを持っていることへの嫉妬心、想いを受け入れられないことへの怒り、さらには愛するがゆえに同化したいという願望もあったのではないか。
ディッキーの服を着て、話し方を真似、仕草のひとつひとつを自分のものにし、彼と同化することで、トムは自身の恋心を満たしていたのではないか。

ディッキーを追い回すマージを疎ましく思っていたのも、彼を殺すことで、永遠に自分だけのものにすることができ、優越感を感じてすらいるようにも思える。

そんな屈折した感情とは別に、犯した罪に怯え、苦しむ姿が、本来のトムの姿なのだろう。

ラストはあっけなく、映画とはまるで違うのだが、作者がトムの魅力に取り憑かれたゆえの結末なのだろう。

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