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分かりにくくていい

私の住むシェアハウスに物事をシンプルに考えられる人が入居してきて、自分は物事を難しく考えすぎる癖があるな〜と気付いたこの頃です笑

伝わらないこと

難しく考えすぎたことは全然言語化出来ないし、言葉にしてみても全然伝わらない。

そして、「それってこういうこと?」と聞かれるけど、5割も伝わっていないことに絶望する。

つくづく、自分には「伝わってほしい」という願いがあることを実感する。


理解されないかもしれないこと

例えば「お笑いが好きな人」は理解しやすそうなのに対して、「お笑いが嫌いな人」のことを理解しづらそう、と思う。

人は自分と似た価値観を持つ人のことを理解しやすい。だから世の中に多数いる属性の人の方が、より理解されやすく、結果的によりシンプルに生きれるのではないかと思う。

「お笑いが嫌いな人」は、その理由を周りに分かってもらうのは中々難しい。(少なくとも私の周りではお笑いが好きな人の方が多い)そしてそもそも「なぜ自分はお笑いが嫌いなのか」と理由を考えるより前に、「もしかしたら自分はおかしいんじゃないか」と考える方が自然だったりする。


分かりにくくても、自分が何が好きか知る

けど、どれだけ自分の属性が少ないものでも、人は一人一人違うから、自分の感性は否定しなくていいと思うし、理由探しをし続ける必要もないと思う。

自分の感性に自信がなかったら、人に頼ったり本を読んで決めても良いかもしれない。でもアドバイスや本の言葉は、その人の人生からしか出てこない。結局は自分がどういう生き方をしてきたのか、その時に何を大事にしてきたのか知るしかない。それに、そしてそれはすぐに言葉に出来るほど分かりやすいものじゃない。

だから、私はあせらず自分に出来ることをやろう、と思う。

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いちむらあや

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「コミュニティハウス アオイエ」住人兼運営・コミュニティ「新しい贈与論」の世話人。日々の腹落ちをnoteで記録しています。少しでも、気付きのきっかけになれれば幸いです。