子供の頃、具体的には小学生くらいの頃。学校からの帰り道、畑仕事をしている名前も知らないおばあちゃんが「おかえり」とよく声をかけてくれたのだけど、まだ帰っている途中だし自分の家じゃないし、というか畑だし、とてもじゃないけど「ただいま」と返すのは何かが間違っているような気が子供ながらにして、それでも無視するわけにはいかないのでぎこちなくぺこっと頭を下げながら「こんにちはー」と返すのだけど、それはとても迷いのある「こんにちはー」で、「おかえり」に対する返事としてはとてもとんちんかんなのではないかと子供ながらに思って、結局ごにょごにょしてしまうのだけど、まあ子供だしいっか、と子供ながらに思っていた。いったいあの場面における正しい返答とは何だったのだろう、とときどき思い出しては考えるのだけど、大人になった今でもわからない。

長い一人暮らし。もう久しく「おかえり」を言われることもない。
たまに実家に帰れば親に言われる「おかえり」は、家も言う人も言われる人もあの頃と同じはずなのに、何か意味が乗っかり過ぎているような気がして少しだけ胸がくっとなる。
なんの他意もなく、どこまでもニュートラルな「おかえり」を僕はこの先聞くことあるんだろうか。




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