見出し画像

はじめに(全文無料)

この地球で、自分だけが宇宙人なのではないかと思っていた。
私が発言した直後だけ、急に場の空気がひんやりし、周りの重力がなんだかおかしくなる。周囲の笑顔が引き攣ったり、みんなが無言になったりして、後日、陰口を言われたり、無言で距離を置かれたりする。

中学でも高校でもそのようなことが頻発して、クラスで除け者にされていたことがあった。しかし私は除け者にされていることに気づいていなくて、さらなる反感を買っていた。高校生時代に通っていた美術予備校では、とある女の子にめちゃくちゃ嫌われてしまい、大学入学と同時に私の悪評を言いふらされて、友達がほとんどできなかった。

皆と同じ日本語を、同じように発しているはずなのに、なぜ問題が起きてしまうのかがずっとわからなかった。私が信じているコミュニケーションと、みんなが信じているコミュニケーションは、全く別のルールで運用されているようだ。自分だけ、まったく地球に馴染めていない。
……にもかかわらず、根拠のない自信に満ちた子どもだったため、私が馴染めない世界の方がおかしいと思っていた。思春期の万能感も相まって、自分は孤独なのではなく孤高なのだとおめでたい勘違いをしており、当然ますます距離を置かれるようになった。

生まれてから25年ほど経ったとき、今まで会った中で一番素晴らしいと思う人に出会った。その人はどんなに忙しいときでも明るく朗らかで、他人の悪口を言っているのを見たことがない。それでいて、不条理なことに対しては毅然とした態度で、しかし場の空気を柔らかく保ったまま自分の意見を述べ、皆で正しい方向へ向かおうとする。

最初は神や仏の類かもしれないと思った。彼は神で、自分とは違うのだから仕方ないと納得しようとした。
だけど特別な存在であるはずの彼は、私と違って世界から全く浮いていなかった。周囲の人々は彼の存在をあまりにも自然に受け入れていたし、信頼こそあれど崇拝はしていなかった。彼は皇族の生まれでも、生まれた直後に天上天下唯我独尊を説いたこともなく、新潟県の米農家に生まれ、普通に育って普通に暮らしてきたという。

彼は人間だった。
同時に、私は宇宙人ではなかった。
自分が宇宙人を言い訳にして生きてきた、ただ振る舞いにかなり難があるだけの同じ人間であることに、気づいてしまったのだった。

それからの私は、たくさんの地球人研究(便宜上こう呼ぶ)を経て、だいぶ擬態がうまくなってきた。もちろん今でも「やっちまった」と枕に顔を埋めてジタバタする夜もあるけれど、罪の意識すらなかった頃に比べればかなり大きな進歩だ。

そういうわけでこのマガジンでは、私が犯したたくさんの失敗を踏まえ、あらかじめ知っておきたかった地球での心掛けについて書いている。初めて地球に来た宇宙人諸君にはぜひ参考にしていただきたいと思うし、生まれつき地球人であった皆さんには、宇宙人として生まれた人たちに少しでも思いを馳せてもらい、私含む彼らの順応の過程を、どうかあたたかい目で見守っていただければ幸いである。

上坂あゆ美

サポートいただけた場合、猫がよりよく暮らすためのお金としてありがたく使わせていただきます。