どうにかする力
毎日バイト先と家の往復しかしていないもので、話のネタが限りなく少ないことを謝りたい。
それでも、今わたしは少し気分がいいのでこの感情を文として認めようと思う。
昨年末、わたしがワーホリ費用の支払いを終えてほとんど一文なし(全財産16円)になった話は何個か前の記事を読んでくれた人なら分かると思うが、読んでない人もわかる簡単な話なので詳しい説明は省略する。
今年の年末年始、わたしはほとんど一文なしだった。
貯金が下手すぎて留学費用の超ギリギリの額までしかお金を貯めることができなかったためだ。
その記事を公開してから、「がんばったね〜」や「応援してる😭」等ありがたいメッセージをたくさんいただいたわけなのだが、当のわたしにとっては束の間の喜びであった。
むしろ血の気が引いていた。
12〜3月分のお給料の中から、さらなる莫大な出費があったからだ。
一つ目は1年間の海外旅行保険。
留学エージェントが斡旋している保険会社の見積もりが26万円くらいだったので、震える手でサファリからそのページを消した。
二つ目はカナダまでの渡航費。
時差がマイナス17時間もあるし大体の額は予想していたのだが、調べてみると本当にめちゃくちゃ高い。
高校の時、全額親に出してもらって南半球のオーストラリアまで行ったけど、あの時往復の飛行機代いくらしてたんだろう…と申し訳ない気持ちになった。
と書きながらも、バイトで早起きする日は父親に対し最低に不機嫌な態度で接している。
別人格のわたしがいると思ってくれたら嬉しい。
とにかく、カナダまでの渡航費は安くても10万くらいする。だって遠いもん。そりゃあそうだ。
直行便は20万くらいする。
怖くて見てないけど、多分もっとするのもある。ファーストクラスとか。
それでもわたしの目標はとにかくカナダに辿り着くことだ。
できれば安めの額で。
ただ、飛行機代はケチると本当に痛い目を見る可能性がある。
急なキャンセルとか、荷物の重さとか、もろもろ。
そんなわけで、細かいことを考えるのが苦手なわたしは飛行機のチケット問題もしばらく考えないようにしていた。
三つ目は向こうで生活するための必需品にかかる費用。
多分1番コストがかかってしまうのは1年分のコンタクトだ。
いやもう向こうノーマスクみたいだし全然メガネでもいいんだけどさ。
コンタクト便利だからさ。ほしいのよ。
今使ってるのは2weekだけど、消毒液がかさばるしめちゃ重いので1年分のワンデーを買って持っていくつもりだ。
コンタクト1年分。どこで買えるんや。そしていくらするんや。
この問題も怖すぎてかなり長い間無視していた。
次に必要なのが常備薬だ。
みなさんご存知の通り、わたしはストレスを溜めやすいので頻繁に蕁麻疹が出る。
小学校高学年の頃、特に精神が不安定だった頃に発症して、いつの間にか薬無しでも生活できるくらい安定していたわたしの心が、2年前の夏にまた崩れてしまった。
ライティングの授業で病気についてエッセイを書くみたいな課題があった時にも、蕁麻疹について書いたりした。
蕁麻疹、英語ではhive。ちょっとかっこいいよね。使う場面あるかな。
これらに加え、その他現地で必要な、日本で準備しておきたい必需品を諸々買い揃えなければいけない。おおよそ10万くらいはかかるだろう。
ということで、この問題もめんどくさかったのでしばらく放置していた。
最後に、現地での生活費が必要だった。いや、まだ出発前なので過去形ではない。必要だ。
これは留学センターの方に最後に会った時聞いて、マジで血の気が引いた。
変なプライドが邪魔をして自分のギリギリな貯金残高について何も話していなかったためだ。
涼しい顔してるけど、足元を見たらつま先断ちしているような、そんな状態だった。
「到着して1週間とかで働き始めるすごい人がたまにいるんだけどさ、あんまりおすすめはしないから〜、そうだね、2ヶ月分の生活費、月に10万、いや余裕を持って15万だと想定して、30万くらいかな。あったらいいかもね。」
わたし「ですよね〜」
表情こそ変えなかったが、マスクの下はすっかり青ざめていた。
この頃、必需品を諸々買った場合の見積もりを出した。単純計算でも全部合わせて70万近くするのだ。無理だ。
いや待てよ、春休みだからめちゃくちゃ働けるとして…いや、無理だ。無理そう。無理っぽい。無理かも。あ、無理だ。
どうにかしよう。
ここからわたしは人生で1番冷静になった。周りに大して相談することもなく、とにかく淡々と着実に、出発までの準備を進めていった。
その間、いくつかのトラブルもあった。
問題その1:塾のお給料がわからん❗️
これがほんっと〜〜〜〜〜〜〜〜うにストレスだった。塾のお給料が、振り込まれるまでわからないのだ。
わからない理由①
生徒が1人休むとお給料が変わる。
もうこれはわたしの仕事の範疇にないことだからどうしようもないのだ。
生徒の都合でわたしのスケジュールもお給料も変動する。これはもう個別指導だったら宿命。
②
時給じゃないので計算がしづらい。
これは塾によると思うけど、少なくともわたしが勤務しているところはお給料が時給換算ではないので、計算ができない。
いやしようと思えばできるのだが、スーパーめんどくさがり屋マンなわたしはアプリの給料計算以外使いたくないのだ。
いやこれに関してはわたしも2パーセントくらい悪いけど。
それでも、嫌なものは嫌だ。
最終的に振り込まれた額で確認できるからそれで良い。
問題その2:
2月のシフトが思ったより少なかった。
塾とホテル清掃の掛け持ちをしていたのだが、繁忙期だと聞いていたのに2月のシフトが結構少なくてびっくりした。
ただ、やることがない日や稼働が高い日に出勤させてもらうわけにもいかなかった。
みんな生活がかかってるから、切実さは同じなのだ。わたしだけが「カナダでの生活費が…」とかわがままを聞いてもらうわけにはいかない。
これら複数の問題を抱えたまま月日は流れ、がむしゃらに働き続け気づけば1月の中旬になっていた。
ここからはわたしの「やばいと思ったけどがんばったらどうにかなったぜ話」を書いていく。
どれくらいの長さになるか分からないけど、記録用としても書いてみる。
①飛行機のチケット買った
ずっとサイトを見比べるのが面倒で放置していた飛行機問題は、後々痛い目を見ることになると思ったので1番最初に処理した。
前述したが、乗り継ぎの便だとしてもチケット代がアホみたいに高いので韓国の仁川経由にしてどうにか自分の機嫌をとった。
待ち時間で韓国アイドルに遭遇するという淡い期待を抱いている。頼むよ。おれ、がんばってるからさ。
そしてわたしはこういうめちゃ大事な手続きでミスるタイプなので、しっかり者のお友だち(粉ちゃん)にも聞いたりしながらがんばってチケットを取った。
これが1月の半ば。まずはカナダに行けるということでめっちゃ安心した。ひとつ大仕事を終えたら満足してしまってしばらく何もしなくなってしまうのもわたしの良くないところだ。実際このあと2週間くらいは何もしなかった。
②新しいバイトを探す
1月の末になり、2月のシフト少ない問題がわたしの前に立ち憚る。
マジで?ホテルって2月は繁忙期じゃないんか?雪まつり、みんな来ないんか?マジか?
これはマジで苦渋の策だったけど、3つめのバイトを探すことに決めた。
ほんとはめちゃくちゃ嫌だった。
2つの掛け持ちだけで十分多忙だったし疲労感もすごかったからだ。あと、家族に心配をかけそう。それで体調を崩しても迷惑がかかるのは家族だ。
でも、働かなければお金は発生しない。当たり前に。体調が崩れたらその時は自分でどうにかしようと思った。わたしはもう成人しているから、自己責任だ。
というわけで1月末からゆるゆると働き手を探し、紆余曲折の末2月の真ん中からコールセンターの派遣社員として働き始めた。
塾講師に清掃員、派遣社員という3足のわらじを履き始めたのだった。ここから1ヶ月半は怒涛の労働生活を送ることになる。
2月と3月のシフトがこちら。
狂っている。
2月まではまだ平気だったけど、3月からが本当にキツかった。あまり覚えてないが。
コールセンターは楽しくなかったけど楽で、敬語や電話応対など勉強になる部分も多かった。
曜日に関係なく働いてたので、電話相手に「すみません今飲み会中で…」と言われ(そうか今日は金曜なのか)と思いなんとも言えない気持ちになったこともあった。
席が隣になるたびにお菓子を分けてくれたおばさまもいた。カナダ行きを親より応援してくれた。
一人称が苗字の、「基本人信じてないので」みたいなことを朝礼で言っちゃう細長いイケメン風な人もいた。最後まで目が死んでて良かった。
あと、わたしがミスとかをしても軽く笑い飛ばしてくれるような、めちゃくちゃお兄ちゃん感のある人もいた。もっとたくさん話したかったけど結局ちゃんと挨拶もできないまま辞めてしまった。ご縁があればまたいつか会うことになると思う。
多分もうやることはないけど、わたしがワーホリに行くことを決めてなければ出会うことも話すこともなかったはずの人たち。経験するはずなかったこと。そう思うと、あらためて人生っておもしろいし、自分の選択が今日の環境を作ってるんだなと。周りの人たち、てぇてぇ(尊い)なって、思いますね。
まあなんだかんだ言いながら一生懸命働き、2月と3月は合計で290時間以上働いた。もうよく分からないよね。わたしもよく分かってない。だってあんまり覚えてないし。
この生活で分かったことはただひとつ。連日早起きは精神衛生上良くないということ。(個人差あり)
早起きに加え、勤務先がどちらも街中だったので通勤通学ラッシュの混んでる地下鉄に乗るのが超しんどかった。
今思えば蕁麻疹の症状がひどくなったのも2月の真ん中くらいからだった。
家で寝てたいのに朝早くから出かけるのがつらすぎて、朝から地下鉄とかバスで泣いたりした日が何回かあった。
この「心臓がない」っていう曲、病んでる時に聴いたら涙腺が終わるのでおすすめ。泣いてスッキリしたい時にはぜひ。
わたしはこれを聴いて朝からバスで号泣していたよ。濡れた頬を地下鉄の風で乾かしていたよ。
③保険に入る
放置してた問題2つ目。海外保険に加入せねばならない。少なくとも出発の1ヶ月前までには…と伺っていたので3月に入った時点で結構焦っていた。26万か…。
わたしは保険についての知識がまったくと言っていいほどないので、これは母に相談した。
結局、留学センターの方で斡旋してもらっていたところではなく、お世話になっている別の保険会社の方で加入することになった。
プランナーさんと色々相談しながら削れるとこを削って、保険費は20万程度に抑えることができた。6万円カット。だいぶデカい。
保険に加入してお支払いも済んだのがもう3月の半ば。出発まであと1ヶ月。ヤバい。
余談だが、この時期に行った占いで「10月にお金がなくなるよ」と言われてほんとにビビっている。時期がリアルすぎるだろ。やめてくれよ。
④歯医者に行く
色んな人に「早く予約しなさい!」と怒られ続けて約半年。ようやく歯医者に行った。
ちなみにどれくらいサボってたかというと、わたしの記憶が正しければ2年半以上行ってなかった。
これが去年の夏にした母とのLINE。
この後も電話予約がめんどくさすぎて、2月にようやく行ってきた。
虫歯もなかったし歯磨きも褒められた。やったね。
ただ、時々奥歯が痛いという話をしたら親知らずが変な方向に生えてるから抜くとしたら手術だよ!という怖い話を無駄に聞かされてしまった。大人だから泣いてないけど。
ちなみに、カナダ行く前にもう一回おいで!クリーニングしてあげる!と言ってもらえたのだが、その予約もめんどくさすぎて先延ばしにし、結局出発日前日の夕方に行くことになった。我ながら計画性がなさすぎて呆れる。
⑤コンタクト購入
重さの関係で2weekからワンデーに変えたろ!と思っていた矢先、「3月中は1Day20%オフ♪」みたいなメールが届く。よっしゃ。今行くしかねえ。
1年分の購入ができるのか不安だったのだが、クレジットカード決済だと何%か割り引かれて、お店に来なくてもコンタクトをまとめて家に郵送してくれる方法があると教えてもらった。何それ。最高じゃん。わたしのために作ったの?
しかも月々の引き落としだから今1年分のコンタクト代金が引かれるわけではないのだ。たしかに、7万円くらいするのに一括払いするの嫌だよね。無理な人もいるよね。マジで助かる。
残りの半年分は母に送ってもらうとして、4月からの半年分を受け取ってきた。ほんとうに安心した。
⑥必需品、その他もろもろ
4月に入ってからは必需品を揃え始めた。これもまあだらだら進めすぎて結局出発の前日まで買い物に行く羽目になった。
スーツケースや生理用品、常備薬、コスメなどなど。まあ色々買った。パッキングの様子は動画に収めてどこかに載せようと思う。
ここまで色々あったし細かい内訳は記憶にないし記録もしてないけど、なんとかして最終的に目標額の30万を貯めて出発することができる。
人間、どうにかしようと思えばできるものなのかなと思った。あと多忙でも風邪を引くことはなかったのでわたしはたぶん思ってるより丈夫。苦手だった貯金も、やろうと思えばできることがわかった。
こんな書き方をしてしまうとわたしが自分ひとりでどうにかした感が溢れてしまうので、周りへの感謝もこの場をお借りして伝えたい。
まずはわたしと一緒に働いていた人たち。全員がこれを読むわけではないけど、気持ちだけでも伝われば嬉しいです。
人間関係を築くのが苦手なので、自分から話し始めることもないし深い関係を望んでいなかったわたしとも仲良くしてくれた人がたくさんいました。
目標があったとはいえ、人が嫌だったらすぐにバイト先を変えていたと思います。皆さんのおかげで楽しく働けて、そのおかげでカナダに行くことができます。ありがとうございます😭
ネイルと髪色を注意してきた店長も、元気にしてますか?わたしが辞めてからルールがなくなったと聞きました。ラメのネイルはお客様に失礼だっておっしゃってましたよね?皆さんにもわたしに言ったのと同じように言ったらどうですか?帰国後、またお会いしましょうね。
次に大好きなお友だち。
貯金をがんばりたいので遊べないかも、と言った時はさすがに友だちが1人2人は減るんじゃないかと思ってましたが、そんなわたしにも愛想を尽かさず仲良くしてくれているね。ありがとう。
お互い「は?」って思うこともあるけど、それでも、わたしの数少ない大切な友だちです。
たまに遊びに誘って息抜きをさせてくれてありがとう。帰国したらドライブ行こうな。おもろいこともいっぱいやろう。
あと家族のみんな。
どれだけバイトがしんどくても、家に帰ったら明かりがついていて、温かいご飯が出てきて、話し相手がいるというのはほんとうに大きな支えになっていました。
家族なしでは乗り越えられない生活だったと思います。マギでありがとう。
あと姉。帰国したらまたオタ活しようね。いつか現場に足を運ぼうね。
最後に親愛なるわたしの推したち。
どんなに暗い気分の日もわたしの日常に光を与えてくれてありがとう。君らがわたしの五大栄養素です。存在と、アイドルという尊い職業に感謝。帰国したらまた課金するから待ってろよ。ワルツで北米も回れよ。あとこのタイミングで燃えてる推し、おもしろいな。元気出せよ。
もうなんか終わり方わかんなくなっちゃった!とりあえず気をつけて行ってきますわね!カナダでも時間のある時note更新しますわね!🎶
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?