#2(A) 奴隷制度から生まれた警察組織 第一部: 奴隷制度と白人のテロ

「ミシェル・アレグザンダー(Michelle Alexander) 公民権弁護士・オハイオ州立大学法学教授の本、The New Jim Crow: Mass Incarceration in the Age of Colorblindness(『新たな黒人隔離:カラーブラインド時代の大量投獄』)の第1章にアメリカにおける奴隷制度の構造、そして奴隷制度が廃止されて以降、それが何回も形を変えて復活した歴史が描かれています。今の現状のルーツには「奴隷制の時代から継続している黒人の労働力の搾取の歴史があるとアレグザンダー教授は指摘します。奴隷制度が廃止された19世紀後半の南部においては、解放された黒人を手当たりしだい捕まえて有罪にし、囚人の身分にしてプランテーションや工場に労働力として貸し出すということが行われてきました。こうした黒人の再奴隷化を可能にした南部諸州の法的な人種差別は、20世紀半ばの市民権運動によって撤廃されましたが、現在ふたたび形を変えて復活しています。」[1] ここの「復活」とは、シリーズ#1 「ジョージ・フロイドさんの殺害から見る、アメリカ国家と反黒人暴力」で伝えた産獄複合体(PIC)のことです。

アレグザンダー氏や黒人ラディカル伝承(Black radical tradition)の本を参考にこの歴史概要をまとめました。[2]

前書きにあと2つ伝えたいと思います。

(1)私は黒人系ではない日系人です。この文章は黒人の学者・活動家が作った資料を翻訳したり、要約したりしたものです。できるだけ直接引用したり、筆者の言葉を使いながら要約しようとしました。しかし私のまとめ方は黒人の知識の代理となれるものではないと思います。また、全ての黒人がここでまとめられている視点を持っているわけではありません。黒人が書いた多くの歴史・理論が日本語に翻訳されていません。とりわけ黒人女性や黒人トランスジェンダーが書いたものが翻訳されていません。この文脈の中、なるべくアメリカの議論の基礎となる歴史や概念をまとめて伝えようとしました。

(2)この記事は黒人の被害者像を再生する・消費するためのものではなく、黒人に対する国家暴力がなぜ相次ぐのかを少しでも明確にするために書いたものです。黒人が暴力を受けてきたとともに、さまざまな形でそれに抵抗してきました。無力ではなかったし、黒人の抵抗がなければアメリカに「自由」なんてものは何一つありませんでした。そして世界経済が奴隷制度に根付く資本主義の上で成り立っているため、アメリカだけではなく、世界各地で奴隷制度を廃止するために闘ってきた黒人の歴史は世界的に意義があると感じます。

奴隷制度(17世紀〜1863奴隷解放宣言):スペイン・イギリス・フランス・ポルトガル・オランダ・デンマーク、そしてアメリカの奴隷制度は大きく世界を変えました。人間を個人の所有物にすることによって無償労働を強制し、莫大な利益を得ることが可能になりました。この制度のもとで先住民族から奪われた土地・資源が搾取され、そこから得た利益は内地やプランテーション主に渡りました。奴隷制度から得た資産は、ヨーロッパやアメリカ北部で起きた産業革命の根底となり、そこから資本主義が発展していきました。[3] この中で、最も搾取されていた「労働者」は奴隷でした。奴隷が個人の所有物として扱うことが認められ、その関係性を暴力で維持することが認められていたため、莫大な富が搾り出されて現在の基盤となる経済と人種差別が生み出されました。

アメリカでは、白人労働者と黒人奴隷が一緒になって反乱を起こすことを恐れ、南部の権力者(プランテーションを持っている裕福な白人たち)が意図的に貧しい白人に特権を与え始めました。白人たちを黒人奴隷から突き放すためです。先住民から土地を奪うために白人が自警団を作り、反乱や逃亡を続ける奴隷を抑圧するために「奴隷警察」(slave patrol)に入ることも義務付けました。[4] この奴隷警察の主な役割は、(1)脱出した奴隷を追いかけ、捕まえ、その所有者に連れ戻すこと、(2)奴隷の反乱を防止するために集団でテロを起こすこと、(3) 奴隷労働者に対する法外な抑圧を維持することでした。奴隷に対するテロ行為を起こす組織に導入することを義務付けたということは、集団でテロを起こすことを制度的な義務に変えたということです。このような役割を与えることによって、貧しい白人と奴隷は似た者同士ではなく、どんなに貧しくても白人は奴隷より上位であり、支配する権利を持つ存在だと強調され、動員された白人もそのような自意識を持つようになりました。この分裂によって白人労働者と黒人奴隷の連帯が壊され、大勢の人々を抑圧していた経済制度を解体することができませんでした。非常に搾取されている白人労働者でさえ黒人と連帯できない構造は、この時から生まれました。現在トランプ政権が成功し続ける根本的な理由もここにあります。

奴隷制度が廃止された直後(1870年代〜1890年代):この時期に多くの黒人に関する偏見が発生しました。C. Vann Woodward氏がこの歴史について象徴的な本を書いています。キング牧師が「公民権運動の歴史的聖書」と評価した本です。Woodward氏によると奴隷制度が廃止された後、南部の権力者たちはパニックに近い状態になっていました。それまでは人間を個人の所有物として扱うことが法的に許されていたため、最低限の生活環境を与えながら賃金を払わずに黒人を働かせることができました。その労働搾取により、現在もまだ建っている豪邸が作られ、プランテーション主が南部の政治と経済の権力を握るようになりました。また、アメリカ全土でも政治権力を持つようになりました。日本ではあまり知られていませんが、「自由と民主主義」の象徴として語られるアメリカ憲法が作られたときに「五分の三条項」というものが書き込まれました。下院議員の選出と直接税の課税基準において、1人の人間以下である5分の3人と数えるとした条項です。奴隷制度を擁護する法的基礎となりました。これは北部の産業資本家と南部のプランテーション主がお互いの覇権を争い、南部の権力者は自分が所有している人間が自分のものとして評価されるように求めたからです。

奴隷制度がなくなれば南部の経済は確実に崩壊してしまう。そして人種的なヒエラルキーが成り立たなくなり、「劣等的な人種」と区別なく混じり合うことになる。白人たちはこの状況と直面し、「特にプランテーション主の権力者はヒステリックに近い心理状態になりました」。[5] 黒人が持ち始めた権利を恐れ、白人が黒人を危険・脅威的な存在として強調するようになりました。「攻撃的な黒人男性」「黒人男性=白人女性を脅すレイピスト」という偏見はこの時代につくられたものです。[6] 

「アフリカ系アメリカ人が政治権力を獲得し、社会的・経済的平等に向かって歩み出し始めたときに、白人はパニックと激怒の反応を起こしました。南部の保守派はリコンストラクション を逆転させることを誓い、『解放黒人局(Freedmen’s Bureau)を含め黒人至上を求めるあらゆる組織の廃止』を主張しました。[7] 南部を「改善」するキャンペーンは、リコンストラクション行政や現地の運動家に対しテロ(爆弾、リンチ、暴走的暴行)を起こしていたクー・クラックス・クランによって力づけられました」。つまり、白人はテロを使って自分たちの権力を維持しようとし、「黒人は怖い・暴力的」というイメージをつくってそのテロを正当化しました。

当時活動していた黒人ジャーナリスト、アイダ・B.ウェルズ(Ida B. Wells)という方がいます。彼女は命がけで白人による黒人のリンチの取材を続けました。取材を続けた結果、彼女もリンチされそうになり、命を守るために夜逃げせざるを得ませんでした。ウェルズ氏の取材によると、8年に渡り728人ものアフリカ系アメリカ人が白人の暴走でリンチされました。また、1882年から1946年にわたり、5000件のリンチ事件が記録されていました。[8] リンチの動機には「黒人男性が白人女性を襲った」が一番多く(3割以上)挙げられたが、白人女性が黒人の子どもを産むときに黒人男性と一緒になったことがバレることを恐れたり、たまたま黒人男性を気に入らなかったりなど、襲われたと嘘をついた事例がいくつも記録されています。[9]

ウェルズや後から研究してきた歴史学者によると、リンチの本当の動機は「『ここは白人の国であり、白人が支配するべき』とよく聞くスローガン」が示すように、「南部がアフリカ系アメリカ人に自由、選挙権、公民権を与えるのが憎かった」ということでした。[10] 奴隷制度が正式に廃棄された後も何回も同じ構造が繰り返されています。

1919年には、「赤い夏」(Red Summer)と呼ばれる夏から初秋の期間に36以上の都市で白人至上主義的テロが発生しました。1921年には「黒人のウォール・ストリート」として有名だったタルサ市のグリーンウッド地区が白人に銃や爆弾で襲われ、建物は焼かれ、6,000人以上の黒人が被害を受け、10,000人が住まいをなくしました。それまでグリーンウッド地区は中流階級の黒人が集まっていた場所で、全国で黒人の希望的な象徴でした。また、1985年にはフィラデルフィア警察がMOVEという黒人解放団体をヘリコプターで爆撃しました。家の中には子ども5人と大人8人がいました。警察は爆撃する前に家から追い出すために高圧放水砲、催涙ガス、10,000回の弾薬のラウンドで撃つなど、強烈に攻撃しました。2人しか生き残りませんでした。警察長官が「燃え尽くすまで放っておけ」と命令した結果、近所の61軒の家も全焼されました。

5月29日にトランプがツイッター上でつぶやいた発言も,、この歴史を再生しています。「この悪党らはジョージ・フロイド氏の命を屈辱している。俺は奴らにそんなことをさせない。さっきティム・ワルズ(Tim Walz)知事と話したが、軍隊は最後まで(ミネアポリス市の側に)つくと伝えた。何か問題があれば俺らが仕切るが、略奪が始まれば発砲が始まる。ありがとう!」という主張でした。[11] 

ここで話している「奴ら」「悪党ら」とは誰のことを指しているでしょうか。それは、新型コロナという命に関わる病気が蔓延していて、そしてその多くの死亡者が黒人で、多くの失業者も黒人である。そして仕事を失っていない黒人もまた危険な仕事にしか就けない人が大勢いるなか、また警官にひどい形で殺害されているという現状に対する怒りと苦しみを表現していた人たちです。つまり、トランプは「この現状に耐えられない人は軍隊を使って撃ち殺す」、「俺はみんなの前で無罪の黒人を殺した警察側に付く」と主張したのです。

何があっても国の秩序は問われず、白人が数百年もテロを繰り返してきたにも関わらず「大体の白人はいい人だ」という、客観的に見れば全く根拠のないイメージも問われず、「悪い警官が悪いことをした」と建前では言いながらも、その裏に「黒人が警官に暴行されることは正しい」というメッセージを伝えています。

トランプの発言は60年代にマイアミ警察署長だったウォルター・ヒードリー(Walter Headley)から引用したものです。ヒードリー警察署長は60年代に「ストップ・アンド・フリスク(通行人を呼び止めて所持品検査を行うこと)」警備 を実施しました。[12] その対策のもとで警官が黒人の若者を全裸にさせ、橋から吊るした事件が起きました。その後広まった抗議運動を武力で弾圧し、当時の新聞記事で「警察が残虐行為を起こしていると言われても構わない。」「まだまだこれからだぞ。」「略奪が始まれば発砲が始まる。」「これは戦争だ。俺が言ったことは全部本気だ。」などと発言していました。

トランプが白人ナショナリストとつながり、「アメリカを再び偉大な国に」というスローガンを作ったのはこの歴史的文脈の中で起きた行為です。白人が政治権力を持つのが正しいという前提の上で、さらにその力を拡大するという主張であり、それは黒人からさらに権利を奪うということを意味します。

歴史上、リンチは地元の政治家・裁判官・警察に守られたり、役人が一緒に参加する状態で行われることもありました。「みんなに知られている町に来て、時には知事が見ている場所で、裁判所の前で、警察署長とその警察官、その町の警察官全員の前で拘束された人を引きずり出し、命を奪い、多くの場合にはそのことを悪魔のような歓喜で行い、多くの場合は野蛮な生き方に向かう残酷で残忍な行為も加えて」リンチが行われました。[13] 

この歴史は、デレク・ショーヴィンやタオ警官がフロイドさんを殺していた時の表情を見ると直接つながっていることが一目瞭然だと感じます。今まで警察の改善を求めて来た活動家でさえ「警察という組織は奴隷警察から生まれたため、改善しようとしても無理。」とコメントしました。

命がけでリンチの現状と長年向き合ったWellsは1892年にこのように書きました。「あらゆる黒人の家でウィンチェスターライフルが重宝されるべきであって、法が与えない防護のために使われるべきであるという教訓をここから学べる。全てのアフリカ系アメリカ人がよく考えるべきことです。アフリカ系アメリカ人被害者の死が自分の命の危険にも関わるのだということを、いつも攻撃者である白人男性がもし感じるようになれば、もっとアフリカ系アメリカ人の命を尊敬するようになるでしょう。アフリカ系アメリカ人がすくんで懇願すればするほど、そうしなければならないほど、屈辱を受け、犯され、リンチされるのです。」[14]

「黒人、怖い〜・ヤバくない?」と黒人系ではない日本人はよく気軽に言う。こうやって知らずに、同じ人間として認められようとするたびにテロを受ける黒人に偏見を持っています。そのテロが作り出した偏見にも同意して、そのテロが起きうる状況を再生しています。だからこそ黒人の歴史を学び、自分のあらゆる差別意識を変える義務があると思います。そうしなければ「無知」を言い訳で他の人間が受ける暴力を肯定してしまうことになります。そしていつまでもこのような暴行を起こし続けてきた白人の価値観やあり方に憧れ、疑問を持たずに、その暴力性を認めずに、本当の歴史や日本人が犯してきた虐殺と植民地主義支配、今も続いているその現状に向き合わずに生き続けてしまうと思います。

[1] http://democracynow.jp/video/20080711-2 より

[2] 日本語に訳されている書籍まとめはこちら

[3] Eric Williams, Capitalism and Slavery; Cedric Robinson, Black Marxism; W.E.B. DuBois, Black Reconstruction

[4] Roxanne Dunbar-Ortiz, Loaded: A Disarming History of the Second Amendment, Chapter 3: Slave Patrols.

[5] Michelle Alexander, The New Jim Crow

[6] これは今も続いている偏見です。関連するブログ投稿(日本語)

[7] リコンストラクション(「再建」の意味)とは、奴隷制度が法律上廃止された後、奴隷制度を解体するために対策が進められた時期(1863年-1877年)のことです。憲法修正第13条が承認され、奴隷制度が廃止され、解放黒人局(Freedmen’s Bureau)が設立されました。黒人男性も投票権を得ました。一方で黒人を縛り続けるために「ブラック・コード(黒人規制法)」(Black Codes)も実行されました。黒人が政治的・経済的・社会的な権利を持つことを憎み、白人がテロ行為を起こし続けました。最初はこれらを防ぐために軍隊が導入されましたが、1877年に引き上げてしまい、白人による反革命が起きました。

[8] Robin D.G. Kelley, “Slangin’ Rocks . . . Palestinian Style: Dispatches from the Occupied Zones of North America” In Jill Nelson, Police Brutality

[9] 例えば、一つの事例では白人男性と結婚していた白人女性が「黒人にレイプされた」と警察に通報し、黒人男性が監禁されました。4年後、旦那に嘘をついたことを告白しました。旦那さんが彼女に嘘をついた理由を聞いたら「近所の人が黒人男性がここに来ていたことを目撃していたし、何か性的感染症をうつされたかもしれないと思って怖かったし、黒人の赤ちゃんを産むかもしれないと思って怖かった。わざとあなたに嘘を言って自分の名誉を守りたかった。」と言いました。(Ida B. Wells, Southern Horrors, 6頁)

[10] Ida B. Wells, Southern Horrors

[11] “These THUGS are dishonoring the memory of George Floyd, and I won’t let that happen. Just spoke to Governor Tim Walz and told him that the Military is with him all the way. Any difficulty and we will assume control but, when the looting starts, the shooting starts. Thank you!”

[12] 2013年にニューヨーク市警察(NYPD)のストップ・アンド・フリスクが憲法に違反するという判決が下されました

[13]  Ida B. Wells, Southern Horrors

[14] Ida B. Wells, Southern Horrors. "The lesson this teaches and which every Afro-American should ponder well, is that a Winchester rifle should have a place of honor in every black home, and it should be used for that protection which the law refuses to give. When the white man who is always the aggressor knows he runs as great risk of biting the dust every time his Afro-American victim does, he will have greater respect for Afro-American life. The more the Afro-American yields and cringes and begs, the more he has to do so, the more he is insulted, outraged and lynched."

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