その後①

大学で私は、絵の上手い文学生として人気者になり、友達が徐々に出来始め、一人では行かないような店に友達と放課後に行ったり、新しい服を買ってみたり、色々なことをして、充実した学生生活を送った。相変わらずサークルには入らなかったけれど、絵だけは描き続けた。
文化祭の時は、実行委員の人からポスター制作や内装のデザイン案を任されたり、文芸サークルが毎年出している文集の表紙を描かせてもらったり、色々絵を描く機会を貰った。そして、私の絵をたくさんの人に認めて貰えた。

桜叶くんとの交際も、順調に進んでいた。一緒にランチしたり、放課後はたまに図書室で本を探してみたり、休日はお互いの家でおすすめの本を貸し借りして読んだり、待ったりと、ゆったりと関係を続けていた。
課題に追われたら、お互いに得意分野を補い合って、協力して進めたし、卒論もお互いアドバイスし合ったりして、何とか書き上げることが出来た。

卒業してからは、私と桜叶くんは2人で部屋を一つ借りて、一緒に住むようになった。私はフリーランスのイラストレーターとなり、有償の依頼を受け付けたり、絵を色んな場所に提供したりしていた。桜叶くんは出版社に就職して、色んな作家さんの作品の編集者として、朝からバリバリ働いてるらしい。桜叶くんは本当にスーツが似合う。学生の時はマッシュだった髪型は、今はツーブロックで、毎朝鏡の前で、ハードワックスと髪の毛と格闘しているみたいだった。

バタバタと毎朝出ていって、夜は何故か定時に帰ってくる。本当に真っ直ぐで、一生懸命で、自分のことは自分でしっかりやって、そのうえで私の今を理解してくれる彼には、本当に感謝している。
お金はもちろん、桜叶くんの方が私の何倍も稼いでくる。だから家賃とかもほとんど払ってもらっていて、お金に関して本当に申し訳ないと思っている。だから私は、その分、ワイシャツやスーツののアイロンがけを頑張ったり、美味しいご飯を作ったり、絵の技術を上げたりしている。

ある晴れた日の日曜日。お互い仕事もなくゆっくりと朝食を食べていた。
「俺、将来、本を書いてみたいんだ。」
突然彼は、箸を置いてそう言った。
「小説…?桜叶くん、小説家になりたいの?」
「そう。俺、本が大好きだから、だから出版社に入社して、編集者として作者の原稿たくさん読んで、実は少し楽しんでたんだ。そして、勉強してたんだ。どんな話の進め方が面白いのか、どんな表現をしたら、読者の想像が膨らむのか、本の世界に読者を引きずり込むことができるのか。」
桜叶くんは、私の瞳を真っ直ぐに貫きながら、そう言った。私の緑色の目じゃなくて、その奥の黒い網膜を真っ直ぐに、見てる気がした。
「いいんじゃないかな。その夢。応援するよ、私は。」
桜叶くんの瞳は本物だったから、私は素直に応援しようって思えた。私の言葉を聞いた桜叶くんは、ちょっと瞳をうるませて、鼻の先を赤くして、ありがとうとただ一言、言ってくれた。


その後は桜叶くんは、仕事をしながら、合間を縫っては部屋にこもって、自分の本を書いていた。それをたまに持ってきては私に見せて、感想を求めた。桜叶くんの夢を叶えるお手伝いをするために、私はなるべく細かく、感想とか意見とかを述べたし、そして私自身も、たくさんの色んなジャンルの小説を読んで、本について勉強した。全部、桜叶くんの夢を叶えるためだった。桜叶くんの夢は私の夢だったから、だから、できるだけ勉強して、できるだけ考えて、絞り出して、桜叶くんを助けようと努力した。

桜叶くんは、小説を小分けにして、私にみせてくれて、その度に修正を加えて、また見せてを繰り返した。それがやっと、次で最後になるらしかった。お話が完結したようだった。桜叶くんのお話は、私が読む限りではとても面白くて、作品の世界に私を連れて行ってくれて、私が主人公になって私がお話を動かしていくような、そんな感覚になれるお話だった。好きな人の作品だからというのもあるけれど、すごくいい作品だと感じた。
「これ、出品しようと思ってる。」
「えっ!?」
「その、新人賞とか、貰えないかなって…。試しに!試しにだ!」
「いいんじゃない?これだって思ったんでしょ?だったら、やろうよ!挑戦してみようよ!みんなに読んでもらおうよ!私が大学の時に絵を出したみたいにさ。」
大学1年の時に私が絵画コンクールに出品した時の気持ちを思い出しながら、桜叶くんにそう伝えた。彼にも挑戦して欲しかった。挑戦する機会を奪いたくなかった。例えそれが何ににも引っかからなかったとしても、それでもいいと思った。夢への1歩を踏み出して欲しいと思った。
「実は締切明日までなんだ。明日、俺、出してみるよ!」
そう言って桜叶くんは勢いよくドアを閉めて、出品のための準備をガサゴソと進めていくのだった。

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