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【短編】リスミー

 いつしかわたしは、ある種の切なさがなければだれかを愛することができなくなってしまった。
 そんな風にはなりたくなかったのだけれども。
 そんな風に自覚するのは嫌だったんだけれども。

 彼と一緒にいてうんざりすることのひとつは、間食が多いことだ。
 例えば彼は朝ご飯を食べない。起きて数時間は頭にスイッチが入っていないせいか、何も食べる気にならないらしい。そして昼食前になったらなにかしら彼には甘いものが必要となる。ドーナツやらパンやら。そして、昼食は昼食として別に食べるのだが、ほんの小食程度にしか食べない。すぐにお腹いっぱいになってしまうらしい。けれどもその数時間後には、なにか食べないと居ても立ってもいられなくなり、ちょっとしたお菓子類をまたつまむ。 夕食は例によってほんの少しで済ませ、寝る少し前になったらちょっとしたフルーツを切って食べ始める。フルーツを刃物で切り、そのまま刺して食べてしまう。彼の猟奇さを甘さが包み込む。あるいは甘さが猟奇さを包み込む。


 例えば一緒に車に乗っていて、さっきなにか食べたはずなのに、コンビニを見かけると彼はハンドルを切ってパーキングに停める。ちょっとしたビスケットのお菓子を買ってきては、コーヒーをお供に食べ始める。そしてなにかおいしそうなお店を見かけたら、いちいち止まって眺めてしまう。これではちっとも目的地に着かない。
 なぜかはわからないけれども、彼は雨の日にはカフェオレを飲まないと気が済まないらしい。
 わたしにとってそれは不可解極まりなく、見かけたコンビニに何かの間違えでカフェオレが置いていなかったりしたら、わざわざ来た道を戻ってまで探しに行ってしまう。これではちっとも目的地に着かない。
 そんなときわたしは、そこがコンビニの駐車場だろうが、大型ショッピングモールだろうが、車で一人待たされることになる。彼の空腹による切なさを満たすために、わたしは一人待たされることになる。
 でもそういうときには、彼はいつもわたしの分のカフェオレを買ってきてくれる。
 わたしはカフェオレなんて大して飲みたくないのだけれども、必ず彼は買ってきてくれる。
 飲みたくないときに飲むカフェオレは、ぜんぜん甘くない。
 苦くて、冷たくて、ただただ切ない。
 彼の優しさを感じるたびに、わたしには苦くて、冷たくて、ただひたすらに切ない。

 彼と一緒にいてうんざりすることのひとつに、わたしの誕生日を1日ズレて覚えてしまっていることだ。
 なにかしらお祝いをしてくれるし、ちょっとしたサプライズもある。けれども残念ながら今日はわたしの誕生日じゃない。わたしの誕生日は明日よ。あるいは昨日よ。毎年わたしはそんな風に彼に告げる。
 わたしの誕生日はたしかになんの変哲もない6月の中旬なのだが、それでも恋人の誕生日くらいはちゃんと覚えていてほしいと思う。彼は数字に弱いわけではない。その証拠に、先々週のガソリンの値段相場を把握しており、1円でも安いスタンドを探していつもわたしは振り回される。これではちっとも目的地に着きやしない。
 その安いセルフのガソリンスタンドで彼が給油をしている間、わたしは一人待たされることになる。どこだかわからないガソリンスタンドで、わたしは一人待たされることになる。わたしは助手席から外を眺める。彼はそのガソリンスタンドで、いったい何十枚目になるかわからないであろうポイントカードを作り、キャンペーン中だったからと言ってティッシュ箱をもらってくる。そしてその日が雨だったりしたら、またカフェオレを買ってきてくれる。
 雨の日のガソリンスタンドで飲むカフェオレは、苦くて、冷たくて、うっとうしくて切ない。
 雨が降るたびにわたしは、苦くて、冷たくて、なにもかもが切ないのである。

 なにより彼といて一番うんざりすることは、解散したバンドの曲しか聴かないところだ。
 現役で活躍しているバンドにはまるで興味を持たない。彼が車でかけるのは、もう死んでしまったミュージシャンや解散してしばらく経ったバンドの楽曲だった。
 わたしにとって彼らの曲は素晴らしいものもあったし、理解できないものもあった。車は彼の持ち物だったから、彼がいつも自分の好きな曲をかけた。どこか死の匂いのする曲が車内に流れ、どこか諦めが漂う曲がわたしの耳に届いてくる。そうやって彼は、今日もカフェオレの置いてあるコンビニを探して、安いガソリンを求めて知らない町へと車を走らせる。
 わたしはカフェオレと雨に包まれて、待たされる。
 ひとりで、彼を待っている。
 どうしてわたしは、彼から離れられないのだろう。
 どうしてわたしは、うんざりしながらも彼と一緒にいるのだろう。
 わたしはよく車内の窓から雨を眺めながら、そんな風に考えた。
 時間はいくらでもあって、運転席の主は、いつもコンビニでカフェオレを探しにいっていた。あるいはガソリンを入れていた。 
 たぶん、彼と別れたとしても、わたしはすぐに忘れることができるだろう。
 すごく後悔してしまうかもして、あたりかまわず泣き散らすかもしれない。 
 それでもわたしはすぐに忘れることができるだろう。
 忘れてしまって、すぐにガソリンの値段に糸目をつけない相手を見つけて、カフェオレのない晴れた空の下で、今を生きているバンドの曲を聴いているだろう。
 そして誕生日はピンポイントに催され、決められた時間にディナーをする。
 彼と一緒にいたことなんてとっくに忘れて。
 冷たかったカフェオレの味も、先週のガソリンの値段も忘れて。
 そしてたぶん、またきっとうんざりすることになる。
 きっとまた、誰かにうんざりしてしまうんだろう。

 いつからか、わたしにはある種の切なさがなければだれかを愛することができなくなってしまった。
 その切なさが、わたしをつかんで離さない。
 だからわたしはこのままでいい。
 いつくかの小さな不幸が、わたしを幸せにしてくれる。
 そしてたぶんそれが、わたしにとって、一番うんざりすることだ。


【解説】

 今回は、現在人気上昇中のバンド『ポルカドットスティングレイ』の人気曲『リスミー』から着想を得て、短編を書いてみました。

 女性1男性3で構成される、いわゆる『紅一点バンド』。過去にも椎名林檎率いる『東京事変』や『ジュディアンドマリー』なんかがそうでしたね。

 楽曲『リスミー』はほんとうにいい曲です! ただざっと聞き流しても「あー、なんか素敵な曲だな」とも思えるし、正面と向き合って聞いてみても「やっぱりいい曲だよなー」と思えるタイプの楽曲ですね。つまり観賞用にも耐えうるし、作業用にも使える。こういう曲はなかなかないと思いますよ。たいていの場合、観賞用(他のことには手を止めて聞く)の曲と作業用(皿洗いとか掃除のときにながらで聞く)の曲って、やっぱどこか境界線があると思うんですよ。で、この曲にはそれが良い意味で『曖昧』なんです。PVもお姉さんが可愛いし、映像の破滅的な雰囲気で好きです。何気にギターのミュートとハーモニクスが素晴らしい。ギター経験者ならわかると思いますが、どちらも難しんですよねー。


さて、ストーリーを書くうえでこだわったのは、楽曲にも醸し出されている、どこか「あきらめている」感じ、ですかね。一人の女性がただひたすら彼氏(あるいは婚約者?)のうんざりするところを独白していく形式で話が進んでいきます。楽曲の歌詞にもあるように「別れてもすぐに忘れることができるんだけれども、離れることができない」という気持ちを率直に書き記しました。

 ポルカをもっとみんなさんに知ってほしいと思い、今回書きました。

 いろんな人に読んでほしいですねー!

それでは、次回も短編書きます~!

 



 

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