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第16回クライバーンコンクール 雑感 #3 - 30年前のTV番組と名伯楽も追想して…

クライバーンコンクール、盛況の中終演しました。60周年の節目にふさわしい、クライバーンコンクール史上最年少の18歳で優勝した綺羅星誕生に沸き立った第16回でした。

第2位のアンナ・ゲニューシェネ(Anna Geniushene)さん(ロシア)と3位のドミトロ・チョニ(Dmytro Choni)さん(ウクライナ)が壇上で肩を組んだり、笑顔で一緒に写真に収まっていたりする様子も、感慨深いものがあります。

アンナさんの演奏、とくにチャイコフスキー ピアノ協奏曲第1番は弾き慣れた余裕の十八番といった印象でした。
全てのラウンドでも、強さの中に温かみのある音色や、曲の深み、曲一つ一つだけでなくリサイタル全体を考え尽くしているかのような構成力に心を奪われました。

Anna Geniushene, TCHAIKOVSKY Piano Concerto No. 1 in B-flat Minor, op. 23 - Finals Round Concerto 4, 2022 Cliburn Competition (頭出し済)

彼女のインスタグラムを見てみたところ、ルーカス・ゲニューシャス(Lukas Geniušas)がご主人であることが分かりました。そして、故ヴェラ・ゴルノスタエヴァ(Vera Gornostayeva)先生の写真もあり、「ああ、そうか」と、アンナさんの演奏に心惹かれたことが腑に落ちたのでした。

(アンナさんがヴェラ先生の薫陶を受けていたのかは投稿からは不明ですが、アンナさんはヴェラ先生の教壇モスクワ音楽院を卒業していますし、なにせヴェラ先生はアンナさんの義理のお祖母様にあたりますので、指導を仰ぐ機会は恐らくあったのではないかと思われます)

ヴェラ先生は、1994年にNHKで放送された『ピアノで名曲を 〜バッハからプロコフィエフまで〜』の講師として、また第12回チャイコフスキー国際コンクールピアノ部門第1位の上原彩子さんが師事し、そしてマスタークラスやコンクール審査のため何度も来日されていたこともあり、日本でも有名な旧ソ連時代の名伯楽です。

『ピアノで名曲を』でのヴェラ先生のレッスンは、作曲家のエピソードや作品の歴史的背景を基に、楽曲への明確なイメージを持たせるよう指導されていたのが印象的でした。

小学生のレッスン生に対しても「日が暮れた時みたいに」ではなく「夜の帳を感じて」と表現し(これは隣にいた通訳の正村和子さんの技量の高さも多いにあることと思います)、中学生にも「この曲はロシアの『銀の時代』に出来たものですよ」とロシア史に絡めて教えています。

そして、お手本で弾いて見せるヴェラ先生の一音一音の重みや力強さ、長いフレージングに、レッスン生は圧倒されているようでしたが、それでも瞬時に吸収し、見違える演奏をするのが窺えました。

ヴェラ先生の眼差しは、演奏者の弱気や躊躇いを一瞬で見抜いてしまうような凄みがありますが、一方で上手く弾けた時、"khorosho!(ハラショー!)"と笑顔で言ってもらえた生徒さんたちはとても嬉しそうでした。

クライバーンでのアンナさんの迷いのない演奏は、「ヴェラ・イズム」なるものを継承していると素人ながらに感じ、惹きつけられれたのだろうと思えたのでした。

ヴァン・クライバーン財団がロシア人参加者を排除しない決定を下したことで、今回、素晴らしい演奏と演奏家に出会うことができましたし、そして約30年前のテレビ番組と名音楽教育者を懐かしく思い出すことができました。

ロシア人参加者は、他の参加者以上に渡米への手続きや準備が大変だったことでしょう。アンナさんは小さなお子さんもいて、二人目を妊娠中とのこと。今後のキャリアも含め、さらに応援したくなり、勇気づけられるピアニストです。


アンナさんとヴェラ先生のことを書いていたら、ルーカスさんの演奏も改めて聴きたくなりましたので、ここに置きます。
お祖母様譲りの重厚感があり、かつ精彩を放つカッコいい演奏!

Lukas Geniušas – Polonaise-fantasy in A flat major, Op. 61 (third stage, 2010)

Lukas Geniušas – Sonata in B flat minor, Op. 35 (third stage, 2010)

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