再会・思い出

【 2012 (平成24)年春 49歳 】



「んっ? あれっ?」

「どうしたの?」

「…なんかエンジンの回転というかパワーが上がらないというか…。」

「大丈夫?」

「ん~っ…大丈夫とは思うけど…とりあえず次にディーラーがあったら入ってみる。」

 交通量の多い街中の国道であったためディーラーはすぐに見つかった。状況を話したところ整備士はボンネットを開けあっという間に原因を突き止め、

「プラグに繋がるケーブルの皮膜が一部破れています。30分ほどで部品は調達できますから…交換時間を含めて4~50分程お待ちいただいてもよろしいですか?」

と言った。
 とりあえず安心した。大した故障でもなく保証期間中で費用もかからない。思えばこういうタイミングとこの場所で修理をすることができるのは運がよかったと言える。しかし整備士は『4~50分程お待ちいただいてもよろしいですか?』などと聞いてくるが、そもそも私達に選択の余地はあるはずもない。それに急ぐ用もなかったため当然そのまま修理を依頼することにした。
 ひとまず妻と私は来客用のテーブルに案内されたがじっとしているのも退屈だし、展示してある車を何気なく見て回った。しかしショールームにはせいぜい2~3台の新車が置かれてあるだけだし何より新車を購入するつもりはさらさらない。そこで屋外のスペースに目を向けるとそこには中古車の展示スペースがあった。もちろん中古車を買うつもりもないが私は何かに引き寄せられるかのようにふらふらとそのスペースに足を踏み入れた。2~30台はあっただろうか、そのメーカーはもちろん他社の車もそこそこあり、中にはちょっと年代物の車もあった。少なくとも屋内ショールームの新車を見ているよりは暇つぶしになる。私は特に車に詳しいわけではないが、妻にあれこれ薀蓄をひけらかしながらゆっくりと暇つぶしを楽しんでいた。そして展示スペースの最も奥、そこから更に外の資材置き場のような場所をふと覗くと数台の薄汚れた車があった。販売・展示されているわけでもなく、どこからか引き取られてスクラップを待っている車であることは容易に理解できた。

「さすがに年代モノばっかりだな…。」

っと見ていると、私の視線はある一台の小さな車に釘付けになってしまった。私にとって最も特別な車がそこにあったのだ。あちらこちらと塗装も剥げ、錆も浮いている。確かにもはや車としての価値はないだろう。
 『チョロQ』を連想させるような小さな車。昭和53年式、もう40年くらい前ものだ。当時結構人気のあった軽自動車。スズキ自動車の『セルボ(初期型)』。とりあえずはスポーツカーである。今見てもさほど古さを感じない…っと言うか…斬新と言うか…個性の固まりのような車。一応4人乗りだが後部座席などはとても大人が座ることを考えて作られているとは思えない程狭い。トランクも有るけど無いようなもの(RRのためフロントのボンネットの中に少しだけスペースがある程度)。車高は恐ろしく低く15cm程、スピードメーターなど計器類は何故か6つもある。ちょっとしたレーシングカー並みのコンセプトを持った車なのである。ただ軽自動車なのでどうみてもオモチャっぽく見えてしまう。パワーも大して無い。とても現在では受け入れられない車だろう。まったく当時の自動車メーカーの遊び心には感心させられてしまうばかりだ。
 私は汚れたままの窓から中を覗き、何度も繰り返し近寄ったり離れたりしながら観察した。その様子を見て妻は、

「どうしたの?」

と言った。確かに妙な行動だ。

「学生のとき…笑っちゃうくらい頑張って初めて手に入れたのが…この車だったんだ。」

 そう答えながら、私の学生時代、約30年前の記憶が言葉とともに次々と溢れ出した。


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京都でダイニングバーの経営をしています。 学生時代の経験をもとに書いた話です。60~70%くらいが実話です。 読んでいただけたらありがたいです。 感想なんかいただけたら滅茶苦茶ありがたいです。