大学生活が始まる

【 1981(昭和56)年春 18歳 】


 鳥取県米子市。私(玖津木研吾)が高校を卒業するまで育ったこの地方都市は山陰では比較的大きな自治体である。基本的に生活に困ることは無いが…やはり10代の若者には東京や大阪のような大都市への憧れは大きく、それがダメでもなんとか広島や福岡の大学へ進学したいと考えていた。そう、『山陰』から『環太平洋ベルト地帯』への脱出が目標だった。
 しかし現実はどうだろう。今私が居る場所はそこ(米子)から西に国鉄(JR)で1時間と少々、島根県の国鉄出雲市駅。更に路線バスで約15分。もうちょっとで八百万の神々が集う出雲大社という神話の国にある私立出雲大学。そこが私の在籍する大学であった。そう、結局『山陰』にある大学。『山陽』にすら脱出できていなかった。
 専攻は外国語学部フランス語学科。大学のレベルは2流と3流の間くらい….。2.5流大学のくせに学科によってはやたら留年率が高く、我がフランス語も4年間のストレートで卒業できるのは60%前後といったところ。名の知れた大学ならまだしも、無名の大学で留年が多いというのは随分損をした気分だった。
 それにしてもここは大学がある土地としてはなかなかの田舎である。陽が落ちると本当に人の姿がなくなる。呼吸を忘れてしまいそうになるくらいたくさん見える夜空の星、冬の容赦ない寒さと雪景色。その上観光ガイドに載る名所もゴロゴロある。なんと言っても神話の国である。自宅から通学することも可能だが自宅が狭いということもあり、私はそんな純日本的な田舎風景の土地で安アパートを借り一人暮らしをしていた。

 ところで、健全なる男子大学生なら当然だと思うのだが、夢のキャンパスライフにはやはり『彼女』の存在は不可欠。それは都会の大学のみの特権ではない。というか都会でないからこそ必要不可欠なものである。もちろん友人や先輩後輩とのアレコレは確かに楽しいものであるが、それでも彼女の存在は何よりも必要なエレメントである。
 なのに…大学に入学して既に7ヶ月の11月。私はもう3度の失恋を味わっていた。そうたった7ヶ月で3度。夥しい数字である。とても夢のキャンパスライフどころではない。このままだと女性不信になりそれが原因で益々彼女をゲットすることができない負のスパイラルに陥ってしまう可能性も充分ある。それだけは是が非でも避けなくてはならない。因みに自らの名誉のために言っておくが、私は決して女の子に嫌われるようなタイプではない。もちろんモテるとも言えないが、少なくとも好意をよせてくれる女の子もちょっとではあるがいたことは確かである。しかしながら現実は残酷であった。私は19歳の若さで恋愛に疲れ、悶々とした日々を送っていた。

 それはさておき、彼女はなかなかできなかったとはいえ、まったくキャンパスライフを満喫していなかったと言うわけではない。出雲大学は文系学部だけの比較的小さな大学だった。また田舎なので付近に他の大学はなく、それ故なのか学内の自治会組織が程よくまとまっていた。例えば学科毎に小さいながらも部屋を与えられ、そこが自治会活動の拠点となっていた。つまり生徒会室のようなものだ。そのフランス語学科の組織は『フランス会』と呼ばれ、基本フランス語学科に入学した学生は全員フランス会の会員である。学生たちはフランス会主催の各イベントを通じ、同級生だけでなく上級生・下級生とも交流が盛んに行われていた。春は新入生大歓迎会、夏は海水浴旅行、秋は学科として体育祭や大学祭に参加し、冬はスキーツアー。まったく珍しい大学である。私はそれらのイベントに積極的に参加し、またその他に2つのサークルに入り忙しい日々を送っていた。そのうちの一つが大学サークルのウルトラメジャー『テニスサークル』であった。

 一般論だが、大学のテニスサークルというのは基本的に初心者も多いものの、高校の体育会の経験者もある程度はいて、その経験者のレベルは決して低くないのが普通である。だが出雲大学のテニスサークルは違った。
 そもそもサークル自体が発足したばかり。私が入学する少し前に松江市内の会員制テニス教室の中級クラスに通う英米語科3回生の男子学生が同士を集めて形にしたのが始まり。そして肝心な高校体育会経験者はあろうことか1人もいなかった。まったくの素人の集まり。練習内容も代表者が会員制テニスクラブで受けたレッスンをなんとなく模倣するような感じ…。凄まじくレベルの低いテニスサークルだった。
 ところで高校生時代の私は、1年生の途中で辞めてしまったもののテニス部に所属し、先生や先輩にほどほど期待されている生徒だったのだ。なので、ものすごく中途半端な腕であることは火を見るより明らかな私の実力でも、そんなサークルの中にあっては貴重な経験者で、なかなかに目立つ存在として活躍をしていたのであった。


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