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24。

「私ってほら、戦力にはなれないでしょう。」

21時頃。下北沢の静かな喫茶店で、せっせと桃とアールグレイのタルトを食べていたら、そんなことを目の前にいた友達に言われた。

「いくらでも励ますことはできるけどさ。」

『いつまで夢を追い続けるのか』
『食べていけるのなんてほんの一握りで』
『厳しいことを言うようだけど、現実を見た方が』

私は最近あった、少しモヤっとした話を彼女に話していた。
『あなたのためを思って、』という枕詞とともにそんなことを言われながら、「そうですね。すみません。」と、愛想笑いをした(脳内ではものすごく怒り狂っていた)話を、タルトを食べながら話していた。

そしたら彼女が、アイスラテを飲みながら言った。

「私はあなたの友達だから、いくらでも励ますことはできるけどさ。ほら、戦力にはなれないでしょう。だからさ、無責任に色々言えないんだけどね。」

私は彼女のこの言葉を聞いて、なぜだか分からないけど、泣いてしまいそうだった。
溢れてくる何かを必死にこらえて、「そんなことないよ」と言って、でもそしたら余計に泣けてきて、それ以上は言葉を繋ぐことができなくなってしまった。

彼女と別れた帰り道、ぼんやりと電車の窓の外を眺めながら、なぜ私は彼女の言葉に泣いてしまいそうになったのか、と1人思いを巡らせていた。


彼女はかつて、一緒に芝居をしていた仲間だった。
夢を共有して、共に悩んで、笑って、くだらない話もたくさんしながら、いつしか仲間であり親友になっていた。

そんな折、彼女は芝居を辞めた。

「全力でお芝居をするみんなと、もう、同じ熱量でできない気がする。」
「一緒にいたのに、話してなくてごめんね。」
と彼女は私に謝った。

渋谷のフードコートだった。
冬のよく晴れた日で、私たちが座っている席に、昼間の日差しと夕陽が入り混じったような光が差し込んでいた。

おかしな言い方かもしれないが、その日はなんとなく、そんなことを言われるような気がしていた。
だから私はなんてことないように、
「そうかなって思ってたから、気にしなくていいんだよ。謝らないで。」
と彼女に伝えようとしたら、言葉よりも先に涙が一気にこぼれ落ちてきて止まらなくなった。

多分あの時の私は、フードコートにいるお客さんから見たら、ケンカして泣いているのか、よほど嫌なことがあったのか、目の前にある韓国料理が美味し過ぎたのか、とにかく異質だったと思う。

周りの目を気にせず泣くことなんて外ではほとんど無くなっていたので、一度溢れてきてしまったものをどうしたら止められるのか分からずに、馬鹿みたいに泣いてしまった。
「なんで泣くのよ〜」と彼女は私の泣き顔を見ながら困ったように笑っていた。
「すごく寂しい」と私は思わず言ってしまいながら、あぁこんなこと言うつもりなかったのに、と思いながら、しばらく周りの目も気にせずにわんわん泣いた。

それからだった。
私は自分の芝居に対する意識が変わった。
大切な、あまりにも自分にとって大きすぎる存在だった1人の仲間を失った穴は、どう頑張っても埋められなかった。

だから私は利用していこうと思った。

仲間を失った喪失感を、置いていかれた淋しさを、二度と埋めることのできない孤独感を抱えて、芝居をしようと思った。

それから少し経った時、ある台本を渡された時に、ふと彼女のことが頭に浮かんだ。

ずっとそばに居た人の傷に気が付かなかったことを謝る場面だった。
謝らなくていいと笑うその人に、それでも私は気がつくべきだったのだと、最後に伝えて終わっていた。

意識をしたわけではなかった。
だけどそれを読んだ時に彼女のことがどうしても浮かんで離れなかった。

私は彼女が芝居を辞める選択をしたことを、決して間違っているとは思っていない。
だけど心のどこかで、もっと早く、彼女がその決断をする前に、私がその思いに気がついていれば、と思ってしまう。
気がついていれば、声をかけていれば、彼女は違う選択をしたのではないだろうか。共に歩む未来があったのかもしれない。
その思いは今でも私の中に、小さなしこりのように残り続けている。

いざ芝居が始まると、そんなことを感じていたことは忘れていた。
だけど最後の最後に、急に彼女の姿が重なった。
目の前に座って、笑っている気がした。

「私はあなたの傷に気がつかなかった。そばにいた私は、気がつくべきだったのに。」

私は彼女の姿が重なったまま芝居をした。

芝居を終えた時、肩の力が一気に抜けた。
つきものが落ちて、どんどん視界が晴れていくような気がした。

そんな感覚になったのは初めてで、今思い返しても、あれはひとつ、自分の芝居が変わった瞬間だったように思う。

彼女だけではない。

渡された台本を読んだ時、毎回ではないのだが、ふと、誰かの顔が浮かぶことがある。
会社の同期や先輩のこともあれば、一緒に芝居を続けている仲間のこともある。大学の同期や、親、3つ上の姉のことも、本で読んだ登場人物のことも、様々だ。

その時私は、その人を利用させてもらうことにしている。

その人に届くように、
笑ってもらえるように、
許してもらえるように、
安心してもらえるように。
祈りを込めながら芝居をする。
どうか届きますようにと。

そうして初めて、私は芝居を終えることができる。
その芝居が良いのか悪いのかは置いておいて、自分の中でも、カットをかけることができる。

その人なしでは終えられない。
私の芝居の、大事な構成要素のひとつだから、欠けてしまっては成立しない。

その人に支えられて、私は芝居をする。
私にとって、頭に浮かんだその人は、芝居をする上でとんでもなく戦力になっている。

その人への想いをエネルギーにして、私はギアをかける。
この芝居が終わるまでよろしく、と背中を預けながら。

会うたびに「前に撮影してた映画っていつ公開なの?」と楽しそうに聞いてくれるあなたも、 コンビニで買った中華まんを食べながらくだらない話をいつまでもしてくれるあなたも、「いつも平が書く文章を読んでいるよ」と言ってくれるあなたも、いつも一緒に行く喫茶店で、初めて私の夢を語った時に、決して笑うことなく、後ろ向きなことも表面的な励ましもせずに黙って聞いて、「平さんはすごいよ。」と言ってくれたあなたも、可愛い顔を少し歪ませながら「もう今すごい悩んでてね」と、出会った頃から変わらずに恋バナをしてくれるあなたも、誕生日を伝えていないのに「お誕生日おめでとう」とLINEをくれたあなたも、「あなたの才能はお芝居だけじゃない」と強く厳しく言ってくれたあなたも、お芝居の楽しさを教えてくれて、「大丈夫だよ」といつも背中を押してくれるあなたも、誰よりも自分にストイックで貪欲なあなたも、おっちょこちょいで目が離せない、お人よしなあなたも、
そして、
今は違う道で輝いている彼女も、
みんな私の芝居をする上での戦力になっている。
今の私のお芝居は、1人でも欠けてしまっては成り立っていない。

そのことを、芝居をする度に痛いほどに感じている。
支えられてばかりだなと、ありがとうと心の中でこっそりと伝えながら、私は芝居をしている。

だから、
「私ってほら、戦力にはなれないでしょう。」という彼女の言葉を聞いた時、
あなたは私にとってかけがえのない戦力なのだと、だからそんなこと言わないでと、想いが溢れてきたけれど、同時に、でもそれを伝えるには芝居で伝えるしかないんだと、私は苦しく、悔しく、感じたのだと思う。

今の私にはまだまだ足りない。

芝居で想いを伝えるためには、まだまだやるべきことが沢山ある。
そのことに気がつきながら、現実から目を背けてしまうことがある。

そんな自分に最近、ものすごく嫌気がさしていた。

変わるなら今だと、その彼女の言葉を聞いた時に思った。
できる限りの力を、今の自分の全てを、芝居に捧げようと誓った。

見てもらえるように。
想いを伝えられるように。
あなたは戦力なのだと、あなたあってこその、今の私なのだと胸を張って言えるように。

24歳。
これからの一年を振り返った時に、全力で頑張ったと言えるように、少しでもみんなに見てもらえるものをカタチにして届けられるように、泥臭く、プライドを捨てて、カッコ悪くてもがむしゃらに、前に進みたい。

だからお願いします。
これまで以上に、みんなのことを支えにさせて下さい。
これほどまでに心強いことはきっとありません。
より一層力強い私の戦力となって、私のことを引き上げて、私と一緒に突き進んでほしいのです。

こんな暑苦しい、厄介なお願いをするのはなんだか少し気恥ずかしい気もしますが、いつか笑い話にしてください。
なんか暑苦しいこと言っていたなぁと。

スクリーンに映る私を見ながら。


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