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初めての…… ExtraTreatment2

中学生になるという事は、一種の試練であると思われる。同一の学区の複数の小学校から知らない生徒たちと合流する。一気に、同級生が数倍になるし、そこに新たな人間関係や、出会いや、トラブルが付きまとう。
別の小学校に同級のいとこなどがいる子は強い。市のスポーツクラブなどの仲間がいる子も有利だ。或いは、年長の兄姉か。
コネクションが在るか否か。
それだけで、中学生生活が一歩も二歩も有利となる。
平たく言えば、スクールカーストで下位にならずに済む。
みんながみんな、全然知らない子なら、こんな問題もなかろうが…………
なまじ、知り合いがいたり、近所だけど微妙な差で小学校が違うとか、親が知り合いという小さな物事が、凄まじく響く。
子供にとって、試練であったし、今も、未来永劫試練であろう。
特に二次性徴を迎える男子たちには……………

飯塚美優は、市立玉白中学一年二組となってから事あるごとに出席番号で男女ペアとなっている石田ハルに、辟易していた。
内気で内向的で、既に去勢してあるのではないかと疑う程に女の子っぽく、外見も小柄で可愛らしかった。
はっきり言って、憎たらしいし、羨ましい。
それだけならまだしも、何でもかんでも、こちらがリードせねばならない。美優はうざったくて仕方なかった。
早く精通がきて入院するか、クラス替えの時期が来て欲しいと、一学期にしてうんざりしていた。

「では、出席番号順に男女ペアになって」
またこれだ。
それは保健体育の授業だった。
男女合同が当たり前で、女子の保健体育の授業も、男子が一緒に受ける。将来的には女子になるのだから。様々な知識や、母性を身につけた方が良いという指針らしい。
その日の講義はこうだった。
“陰茎は勃起という巨大化をする”
自分が親になった時、もしくは、幼い兄弟が不意に勃起してしまった場合、どうしたらよいか?
そのままでは間違いを犯してしまう可能性がある。
それを防ぐ為には?
『叩きましょう❗』
力強く、体育教師はそう述べた。
内臓そのものがぶら下がっている状態で、デリケート極まりない。急所の塊なのだという。だから、叩いて激痛を与えれば、小さくなるという。
授業は、実習を伴った。
男女ペアになり、女子はアッパーのように平手で男子の股関を引っ張たいた。軽くとは言え、教室は男子の絶叫と、女子の笑い声に満ちた。
美優も仕方なく、相方である石田ハルの股関を叩いた。勿論、着衣は着ている。
大して強く叩いたつもりはなかったが、ハルは断末魔のような悲鳴を上げ、その叫びは嗚咽に変わり、後の授業はハルを慰め、保健室に連れて行くものとなった。
僅かに失禁していた。
弱すぎ、と美優は軽蔑の溜め息を吐く。
『やりすぎ』と、体育教師には咎められたが。
あれはハルが弱っちいからいけないのだ。
足手まといなハルが、嫌いだった。

その日の保健体育は、一年生全員による合同授業で、体育館で行われた。
内容は、
【剃毛】
男子のそれは、不潔で、病気にもなりやすく、精通がきて入院するまでは清潔に剃毛する必要があった。それを女子が行う、というものである。将来、自分の子供に行う可能性もあるし、何より、男子の生理的構造を理解する、医療に慣れ親しむという目的のカリキュラムである。ある意味、嫌々、剃毛などさせる事で、男子には恥じらいを、女子には男性器への嫌悪を、という逆説的な意味合いもあるように思われた。
「超ダルい❗休んだらダメなんかな……」
美優は嫌でならなかった。
誰がよりによって、ハルの陰毛など剃らなければならないのか。
親に学校を休みたいと言ってみたが、ダメだった。勉強になるから、と相手にされなかった。

「だっさ❗」
午後の授業、つまりは学年合同保健体育の授業の時間となり、美優たち女子は白衣に着替えていた。
全国、どこの中学校でも女子は学用品マイ白衣があり、決められている。玉白中学校では、給食当番のそれと同じものである(市立なのでコストを抑えているのだろう)
学校や地域によって異なり、クリーンキャップでなく三角巾の所もあるらしい。美優としては、そっちの方が可愛かったのに、と羨ましい。
「私立だとちゃんとした看護婦さんが着るナース服だったり看護学校の実習服らしいよ」
「マジ?いいなー」
制服の紺のセーラー服の上から、ガウン型の白衣をまとい、クリーンキャップにマスク、手袋をする。絶妙に野暮ったく、ダサい気がすると、女子には評判だった。
オシャレにうるさい美優としては、まず髪の毛全部キャップに入れて❗という指示がウザい。毛先にブルーのメッシュを入れた髪の毛もすっぽりクリーンキャップに押し込まれて形無しだった。校則ギリギリまでミニのスカートも、全身を覆うガウンに全てやり込められた形で、なんだかバカくさい。
この格好も、
これから行う事も、
ウザかった。
全てがウザかった。

『はい、皆さん、それでは下着を下ろしてあげてくださーい』
マイクを手にした看護婦が一年生女子に促した。
この授業の為に、病院から出張したきた数名の看護婦が、中学生たちに逐一、指示を出しては目を光らせている。
体育館には、クラスごとに一塊となり、男子はマットに仰向け、その横に女子は白衣姿で跪いていた。いずれの少年少女も真っ赤に顔面を紅潮させ、体育館は異様な興奮に満ちている。6クラスある一年生の、それぞれに一名ずつ看護婦が監督していた。更には全体を指導する看護婦がマイクを片手に、それぞれのグループを見て回っている。担任や体育教師、養護教諭も総出のイベントだった。
「パンツったって………」
美優は眉を顰めた。
目の前にはハルの白いブリーフ。
これを脱がせろというのか。
「ご、ごめんなさい、飯塚さん、ぼく自分で脱ぐから……」
と詫びて、自分でパンツを脱ごうとする。
「あ、ダメよ」
それに二組担当の看護婦からストップが掛かった。
「これも授業だから、自分で脱いじゃダメなの。脱がせてあげてね」
やんわりダメ出しをされる。
「マジかよ……」
ちっ、と小さく舌打ちして、しぶしぶ、美優はハルのパンツへ手を掛けた。ゆっくり、ずり下ろす…………

徐々にそれが露となった。

ジャングルだ。

「はぁ!?ふざけんなよ……」
愛らしい外見とは裏腹に、ハルのアソコは剛毛だった。
ぼーぼーと言っていい。これは、学年一かもしれない熱帯雨林だった。
「ご、ごめん❗飯塚さん、ごめんなさい❗」
両手で顔を隠しつつ、ハルはひたすら謝る。この“飯塚さん”も美優は不愉快だった。メシという字面が気に入らない名字なので、それを呼ばれる度にムカつく。美優と名前で呼べば良いのに。
「まあ………」
看護婦も、ちょっと驚いていた。
つまり珍しいくらいのぼーぼーなのだ。
これを、どうしろと言うのか………

『皆さん、下着は脱げましたかー?では、たくさん生えている子は、まずハサミで短くしまーす』


「…………」
看護婦がハサミを手渡してくる。何がなんでも、これを伐採しろというのか。
美優は重たい嘆息をしながら、ハルの陰茎に触れた。
手袋越しとはいえ、嫌悪感がくる。気持ち悪いと思う。

じょき、じょき、じょき、じょき、じょきっ……………

徐々に、ハルの陰毛は切られて短くなっていく。
美優はこれはただの床屋さんゴッコだと己に言い聞かせた。お尻の下に敷いた吸水シートに切り落とされたちぢれ毛が散らばっていく。
「うわー」
「美優ヤバくね?」
殆んど生えていないペアが相手で、暇していたクラスメイトたちが、美優とハルを眺めてはひそひそと囁きをかわす。
「聞こえてるっての……」
ちっとも面白くない美容師さんを続けること暫く、
「それくらいで大丈夫ね」
看護婦のOKが出て、はぁと嘆息しながら美優はハサミを置いた。下手くそなカットにざんばらなハルの股関だが、これから剃るのだ。知った事ではない。

『切りそろえられた人から、シェービングクリームを塗りましょう』

「…………」
クリームを陰部に塗りたくる。
これだけ見ると美味しそうだが。
必要以上にクリームまみれにして、漸く、美優は手を止めた。真っ白けだ。いっそこのままならキレイなのに。

『いよいよ剃毛でーす❗皆さんは不慣れなので、今日はT字の剃刀を使ってもらいまーす❗』

T字の安全剃刀を手にする。

『急がず慌てず、強く押し付けないでくださーい』

「ほら石田、剃るからね」
「う、うん。ごめんね」
「謝んなよ」
ハルの陰部へ剃刀を当てる。
ゆっくりと滑らせてゆく。

じっ、じょりっ、じじっ、

と手応え。
短く刈られた陰毛が、剃刀の刃に剃り上げられてゆく。

程なく、あちこちから男子の悩ましい呻き声と、女子のきゃーきゃーという声が上がってきた。
勃起しているのだろう。

『皆さん、これが勃起でーす。剃毛は、心地よくもあるので、おちんちんが大きくなるのは仕方ないことなんです。大きくなって形が変わったら、一旦ストップしてくださーい。難しい部分は、それぞれのクラス担当ナースを呼んでくださーい』

「ごめんっ」
ハルのそれも屹立していた。相当、大きいだろう。
先端も露出している。
シェービングクリームの白い中から、そんな頭が飛び出ているのは滑稽だった。
「石田、さっさと終わりにしたいからこのまま続ける」
美優は処置を続行した。
ちゃっちゃと終わらせたかった。
素早く剃刀を動かし、ハルの陰部をつるつるにしていった。
クリームが減っていく度にグロテスクなものが丸見えになり、不愉快だった。
こんな作業を………
来年もするのか。
学校にもよるが、大抵は年度毎にこの授業があるらしい。またハルとペアにされては堪らない。
胸糞悪かった。

じゃり、じゃり、じゃり、じゃり、じゃり、じゃり、じゃり、じゃり、じゃり、じゃり、じゃり、じゃり、じゃり、じゃり、じゃり、じゃり、じゃっじゃっじゃっじゃっじゃっじゃっじゃっ………………

さっさと終わらせたいという思いが、美優を焦らせた。

手元が
狂った。

ジャリッ❗

「痛いっっっ」
ハルの悲鳴。
陰茎の根元が切れている。安全剃刀でも、それは完全に安全であるわけもない。剃刀負けというよりも、抉ってしまっていた。
じわっ、と鮮血が滲む──────

それに幼児のように泣き出すハルに無性に腹が立った。
こんなにモジャモジャのくせに。

「我慢しろよっ❗ほら、早く脚開けっ❗」
強引に剃毛を再開しようとして、脚を抱えた。力ずくで股を割り、まだ手付かずの陰嚢の方へ剃刀をあてがう。
「や、やめてよ、飯塚さんっ」
「うっせーな、チビ❗️びーびー泣くなよ❗終わんねーじゃんよっ❗」
陰茎を引っ張った。
傷に触ったのだろう。
「きゃあっぅ」

じょおおっっっ……ちょろっ……ちょろ………

甲高い悲鳴と共に、ハルは失禁していた。
「わっ!?」
「うわ、石田くん!?」
「ハル大丈夫か!?」
驚き、騒ぎ出したのは他のクラスメイトたちである。
剃刀で陰部を切られ、傷を引っ張られた痛みでおもらししてしまった、気の毒な友だち………
そんな心からの心配や、同情が周囲を包んだ。
「先生っ❗」
「看護婦さぁん❗」
皆が口々に助けを求める。
すぐに教師と看護婦がすっ飛んで来た。
「あー、やっちゃったのね。今日はここでお仕舞いだね」
看護婦は優しくハルを宥め、救急キットからガーゼや軟膏を出し、出血した陰茎の手当てを始めた。誰も、乱暴にした美優を咎めたりはしない。
同級生たちは、ハルがんばれー、などと声援を送っている。
優しい空間。
生ぬるい優しさ、
狂った優しさ、
温かくて気持ち悪い。

「…………」
美優の何かがキレた。
なんだこいつら。
こいつらみたいになりたくない。

「美優へいきー?」
「着替えてきなよー」
白衣に身を包んでいるとはいえ、真正面から小水を浴びせられた美優を、幾人かの女子が気遣うが、それも耳に入らない。
ハルに怪我をさせた自分を非難するどころか、気遣ってくる。それも居心地が悪かった。
もう限界だ。
彼女らを振りほどいて、
美優は、
ハルの手当てをしている看護婦を押し退けた。
そして、

「このやろぉつ❗❗️❗️❗️❗️」

絶叫して蹴った。
ハルの股関を蹴り飛ばした。

ばっちんっ、という爽快な音と、一瞬遅れて、ハルの叫び声が体育館に響いた。

「な、なにしてるのっ!?」
「飯塚さんっ!?」
一瞬、呆然とフリーズした看護婦と教師が、みゆに掴みかかってくる。
激昂した美優は、それも暴れてふりほどいた。
「はっなっせっよッ❗❗キモいんだよ❗❗❗」
悶絶して床に転がるハルに駆け寄り、
片脚を抱えた。

「??????!!!!!!」
少年は何をされるかを悟る。
悟った時にはされていた。

“ぐっちっ”

今度の音は響かなかった。
美優は、開かせたハルの股関を思い切り踏みつけたのだ。
「ぎゃああああああああっっっ✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕」
もう意味を成さないハルの絶叫が響き、
看護婦も、教師も、クラスメイトも、青ざめた瞬間、

世界が止まった。
時が停止した。

びゅっ
びゅるっ
びゅっ
びゅっ
びゅるるるっ

血が混じっている。
部分的にピンクなそれは、紛れもなく精液だった。
精通がきたのだ。
美優の暴行に。
ハルは射精していた。

「………………」
ハルの発射した桃色の粘液と小水で白衣を汚しながら、
「……あはっ………」
美優がマスクの下で、誰にも分からない小さな笑みを湛えていたのを知る人はいない。

「あ……M型……」
どれくらい硬直していたのか。
体育館は大騒ぎとなった。
看護婦たちが慌ただしく動き出し、ハルの応急処置と救急車の手配に奔走した。
一年生の間では、二組の飯塚がキレてキンタマ踏み潰したらしいぞ、と噂になった。
実際には潰れてなどはおらず、それよりも精通の方が問題であり、ハルはただちに入院となった。
美優は担任や学年主任、教頭、校長、教育委員会、両親、ハルの両親を交え、あれこれと問い質された。
“ムカつくから”
それ以上でも、それ以下でもない答えしかしなかった。
嫌なペアで、嫌な授業を強引にさせていた為、学校は何も言えなかった。ハルの怪我も大事なかったので、そちらも不問となった。むしろ、この出来事で精通が発覚したので、善し悪しを何とも言えない。
美優は学校で“タマ潰し”の異名で知られる事となる。
バカみたい、と美優は相手にしなかった。
ただ、ハルの股関を蹴り上げ、踏みつけた時、物凄く気持ち良かった。スカッとして、高揚した。
またあの気持ちを味わいたい──────

取り憑かれた、と思う。

決して勉強の出来る生徒ではなかったが、努力した。
あの悦びをもう一度………………

「里美先生、去勢センター落成おめでとうございます❗️」
ナニわ大学病院第一泌尿器科の准教授であった集児里美医師が創設した去勢センターで、研修医として働く事となった今も、美優はあの悦びを追い求めている。

“石田…………”
“今度は完全に潰させてよ”

それは初恋だったのかもしれない。
あの日、あらゆる鬱屈が浄化され、世界は生まれ変わった。
人生の意味を美優は悟った。
タマは速やかに潰すべきなのだ。
「罪善先生がご存命だったら良かったですねえ。もっとすごい病院になってたのに」
「そうね………」
里美医師が罪善教授を追い求めるように。
美優は転校してしまったハルの面影を永遠に追い掛けていた。


(了)

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