前職は「専業主婦」

今日、職場で聞かれた。「前職はなんでしたか?」
私は「専業主婦です」と答えた。嘘は言っていない。

正確に言えば、高校を卒業→国家三種合格からの某省庁入り。地方の出先機関で馬車馬のように働き、夫氏の転勤に伴い退職。→専業主婦→某団体の臨時職員→某スーパーの品出し(アルバイト)→専業主婦→某団体の契約社員(有期)→専業主婦。我ながら浮き沈みの激しいキャリアだなとは思うが、前職は専業主婦で間違いない。

どんな理由で彼女が私に前職を聞いたのか。それはわからないが、元公務員であったことは、今の職場では口にしたくない。一応面接の際、今となっては上司となった女性には言ったが、元公務員ほど使い勝手のよくない職種はいない。ただ、公務員でいたときにいろいろな経験を積んだ。その中の一つに後輩に仕事を教えるというものがあり、このときに体験したことが一番記憶に残っている。

私が公務員として採用されたとき、直属の先輩は「はずれ」の部類だった。教え方が下手なのだ。しかも感情の浮き沈みが激しく、相談したくてもできない場面が多々あった。当然失敗する。そのときの空気は最悪で、いたたまれない気持ちになる。「教えたよね」と不機嫌を隠しもしない彼から言われて気分は最悪だった。その後多くの先輩から仕事を教わり、やがて自分が後輩に仕事を教える立場になった。それまで数多くいた「こんな先輩にはなりたくない」先輩を反面教師にして仕事を教えたものだった。その際直属の上司にいろいろなことを相談した。どうしたら後輩が仕事を覚えるのか、とか、どうしたらわかりやすい説明ができるのか、などなど。
上司曰く「仕事を自分の言葉で説明できないことには、相手に教えにくいものだ」だった。要は自分が「しっかり」仕事を覚えていないと、後輩ちゃんに不安を与えるだけで、当然のことながら相談なんてできないだろうということだった。なるほど。と思った。
上司が私に仕事を教えてくれた方法はこんな感じだった。
①まず自分がやっているところを見せる
②相手に仕事をさせる。自分はフォロー。
③一人でさせる。自分はフォロー&確認。
①→②で、ここで相手がミスをしたら①に戻る。いろいろなパターンがあるから、その都度見せる。それを何度も繰り返し卒業という運びだが、一応公務員なので、自分たちの仕事に法律が絡む。その法律も根拠として覚えなきゃいけないので、その説明も行うのだが、最低でも一年はサポートする覚悟でいなきゃいけない。二年目になってやっと一人で仕事ができる。のが、私がいた職場の当然だった。

後輩に仕事を教える際、絶対にやってはいけないことは、ダメだしだ。指摘や助言ではなくあえてダメだしと言わせてもらう。これをしてしまえば、後輩は相談しにくくなる。そしてミスする。その対応を先輩である自分がやらねばならないので、回り回ってダメだしが形を変えて自分に返ってくるのだ。だからやってはいけないことだと肝に銘じている。だからといって、自分が忙しいときにSOSを出されてしまえば、対応が粗末になることもある。しかもそういうときに限って窓口対応だったり電話対応だったりと迅速な判断を求められることが圧倒的に多かったりする。こういうときはどうしたらいいのだろうと上司に相談したところこんな返事がきた。

「あなたが後輩ちゃんの立場であったとき、どうしてほしかった?」

実は自分自身も後輩ちゃんと同じような立場に立たされたことがある。しかもそういうときに限って先輩が忙しく、聞いて良いものか悩んだことがあった。一番最悪なのは、後輩チャンに「自分で考えて。前にも教えたよね」と言い放つことだ。これをされて、私は仕事が怖くなったし、職場に行くこともおっくうになったことがあった。が、その数年後似たようなシチュエーションの際、直属の先輩は「まずは自分に変わって」と言った。自分がこれから言うことややることをよく見ていて欲しいと。
先輩の対応をガン見して多くのことを学んだ。対応が終わった後「ありがとうございました」と自然に出た。先輩は「自分も先輩に助けてもらったから」と言った後「だからいつか後輩ちゃんが出来たら絶対に助けてあげて。もちろん出来る範囲でね」と言った。先輩と後輩の間で仕事のバトンってこういう風に繋がるんだと実感した出来事だった。

人になにかを教えるというのは本当に難しい。相手がどれだけ業務の全体像を把握しているか目に見えないからだ。それに同じ仕事であっても、AさんとBさんでは細かな部分でそれぞれのやり方を持っているし、同じことを聞いておのおの違った答えが出たら混乱して当然だ。だから業務の根拠となるものを教えつつ教えた方がベストだと思う。

退職して早20年が経つ。最近は仕事を教える立場になったときの自分と、仕事を教わる立場の自分の、それぞれの記憶が脳裏をよぎることがある。

本当に人に仕事を教えるのは難しい。

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