英国・豪州の香港人に対するビザの措置は難民の国際保護に役立つのだろうか。
香港に対する国家安全法が成立したのち、今月、英国と豪州が香港人へのビザの優遇措置を発表しました。一見すると、自由と自治が損なわれる恐れがある香港の人々への救済措置のように見えるのですが、このような措置は果たしてプラス面ばかりでしょうか。ことに、難民の国際保護という枠組みに与える影響はどうでしょうか。
国家安全法の成立
今月の初めに、中国が香港国家安全維持法案を6月30日に可決した(以下、国家安全法とする)というニュースが大きく報じられました。その直後に360人もの人がこの法律に基づいて逮捕されたというニュースが続き、香港はどうなるのかと見守った人も多いと思います。香港好きの私の友人も「もう、香港には行けないなあ。」などと嘆いていました。
そんな中、イギリスとオーストラリアが香港人に対してビザの優遇措置を検討すると発表しました。
イギリス
イギリスでは、すでに6月3日、ジョンソン首相が、国家安全法が成立した場合、英国海外市民(BNO)旅券を保有する香港人に対して優遇措置を検討すると発言しました。そして、BNO旅券保有者のビザなし滞在を6ヶ月から12ヶ月に延長しようという考えをその時点で示しています。
香港は1997年7月1日にイギリスから中国に返還されましたが、それ以前にイギリス領であった香港で生まれた人が、現在も英国の海外市民(BNO)として認められています。彼らは、英国発行のパスポートを保有することができます。
そして、今週7月22日に内務省が、ビザの優遇措置に関して詳しい内容を発表しました。それによると、BNO旅券保有者とその家族はイギリスに移り住み、就労と就学の権利が与えられる、5年の後には永住権、そしてその後、市民権への道が開かれるというものです。
https://www.gov.uk/government/news/home-secretary-announces-details-of-the-hong-kong-bno-visa
優遇措置の影響は?
このようなイギリス政府の決定について、中国はもちろん反発していますが、ここで取りあげたいのは、中英関係や彼らの言い分のどちらが正しいのかということではなく、「迫害のおそれがある」と感じ別の国で庇護申請をする可能性がある人々に、事前にビザの優遇措置を与えるということが、難民保護の国際的な枠組みに影響を及ぼす可能性があるのではないか、ということを考えてみたいと思います。
国家安全法とは?
その前に、中国の国家安全法と施行後の香港の状況を簡単におさらいしてみましょう。BBC他、現在報道されているところによると、この法律では、(1)分離独立(2)反政府行為(3)テロリズム(4)香港に介入する外国勢力との結託の4つが犯罪と定められています。また、この法律に基づき有罪とされた場合、最低3年の禁固刑、無期懲役もありうること、そして「非常に深刻」な事件に関しては、陪審員なし、または、非公開で裁判が行われる可能性があること、などが含まれているようです。
https://www.bbc.com/japanese/53244732 他。
そして、国家安全法が施行された7月1日には360人が逮捕され、そのうち一人は「香港独立」の旗を持っていたことが複数のメディアで報道されています。その後、22日には、さらに5人が逮捕されたとNHKなどが報道しています。
https://www3.nhk.or.jp/nhkworld/en/news/20200722_25/ 他。
このような報道内容に基づいて考えると、国家安全法の施行後「政治的意見を理由に迫害を受けるかもしれないという十分に根拠のある怖れ」に基づいて、香港の人が、他国で庇護申請をする可能性が考えられます。
庇護申請の対象になる人を、移民の枠組みで捉えることをどう考える?
この問について、私はこれまで一般論として肯定的に捉えていました。国によっては、移民のカテゴリーの中には難民よりも審査の過程が簡単な場合も多いし、与えられる権利が難民と同等かそれ以上であれば、難民認定審査を経ない移民のカテゴリーで居住が認められるのは、現実的なアプローチだと考えていました。現在もこの考えを捨てているわけではありません。ことに、今回のイギリスの場合、旧宗主国としての特別な関係を配慮したものだと考えられます。
ただ、現在、世界的に難民の受け入れに制限的な国が増えてきている中、別の懸念も生じてきます。それは、実質的な難民の選別が、難民認定審査の枠外で行われてしまうのではないかということです。
ある国や地域で深刻な人権侵害や迫害が起こった、または、起こるかもしれない、という時に、その該当国・地域の住民に対してビザの優遇措置をいくつかの国が決定し、それが「傾向」となってきたとしましょう。
そうすると、「受け入れたい人々」と「受け入れたくない人々」の峻別を、まず、ビザの扱いで決定する、「受け入れたい人々」はその中で「迫害を受けるかもしれないという怖れ」があるかないかにかかわらず、移民法の枠内で受け入れることが可能です。そして、「受け入れたくない人々」にはビザの発給基準を厳しくし、一般の移民枠では簡単に滞在できないようにすると同時に、難民認定審査の基準も厳しく設定し、移民枠で滞在できない人々が庇護申請をした場合、その多くを排除することが可能だと考えられます。そして、難民と認められても良い人も違法入国者として扱われるおそれがあるのです。
別の観点から説明すると、「ほんらい難民と認められるべき人々」のうち、(審査をへて難民と認められる人以外に、)ある人々は移民枠で受け入れられている、ある人は難民認定の審査基準が厳しすぎて認められない、ということが起こりかねないと考えます。そうなると実質的な難民認定審査が、難民認定審査の枠外、政治的判断で行われるということになりかねません。
さらに、今回の英国の判断に戻ると、英国のNBO旅券保有者に対する優遇措置を理由に、別の国がNBOである香港人が庇護申請をした場合に、「イギリスに行けば市民になれる可能性があるから、そちらに移住すれば良い。」という理由で庇護申請を却下する可能性も考えられます。
さて、オーストラリアは、「オーストラリアのために」を前面に押し出した措置を発表しました。
オーストラリア
ABCニュースは、7月2日、オーストラリアのモリソン首相が、香港人に対してセイフ・ヘブンを提供することを考慮していると報じました。(しかし、首相自身がセイフ・ヘブンという言葉を用いたかどうか確認できません。)
その後、タッジ移民大臣代理が、香港人に対しての優遇措置について詳細を発表しました。技術を持っている香港人・学生がターゲットで、彼らの5年までの滞在延長と、永住権への道筋を提供するということを明らかにしました。ABCのインタビューで政治的な迫害へのセイフ・ヘブンについて問われた大臣代理は、今回は、オーストラリアの経済のために、香港の優秀な人々をターゲットにして(ビジネスの)機会を手中にしたいのであり、あくまで移民政策、難民・人道上の問題を取り上げた措置ではない、迫害の怖れがある人で証明できる者は、現行の難民・人道についての政策に沿って、いくつかある人道ビザの一つに申請すると良い、と強調しています。
https://www.abc.net.au/news/2020-07-12/hong-kong-visa-acting-minister-for-immigration-alan-tudge/12446754 の中に埋め込まれているビデオ参照。
英国の優遇措置がBNOという英国との関係が枠組みであるのに対し、オーストラリアでは、「オーストラリアの経済に役立つプロファイル」ということを前面に押し出したビザの優遇措置です。
ここで、オーストラリアの難民政策を見てみましょう。オーストラリアにはオフショアとオンショアの難民プログラムがあり、オフショアは難民の再定住など、他の国で難民となった人たち対象のプログラム、オンショアがオーストラリアに到着してから庇護申請をした人たちに対するプログラムです。が、2012−2013年以降、ビザをもたずに船で到着した人たちをオンショアのプログラムから除外しました。彼らが庇護申請をしたとしても、そのままパプアニューギニアかナウルに転送され、パプアニューギニア、ナウルで難民と認められてもオーストラリアへの再定住の可能性はありません。UNHCRによると、2019年に、オーストラリアで新しく難民として認められた人たちは、5022人、これは世界で22番目です。(ちなみに日本は32人で102番目です。)また、同年、再定住のためにオーストラリアに行った難民の数は3464人、世界で7番目です。
数字で見ると世界的には必ずしも低いところにあるわけではないのですが、一方、オーストラリアの難民政策、特にオフショアプログラムの扱いには、批判も多いのです。オーストラリアは、今回の措置で「来て欲しい人々」「来て欲しくない人々」をさらに明確にしたのでしょうか。
将来はどうなる?
イギリス、オーストラリアの香港人への優遇措置がこれからどのように実施され、それがまた難民の国際保護の枠組みに影響を与えるのかどうか、今の時点で断定的な予測はできませんが、中国政府、香港の人々、他の国の動きも含めてこれからも注目したいところです。
最近の私
梅雨は明けないけれど、暑い。古い麻の着物を着てみました。
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