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【ネタバレ】囲碁マンガ「いしのおと」レビュー【後編】

先日書いた囲碁マンガ「いしのおと」のネタバレ版レビュー(という名の感想文)の後編です。


この記事は、本作を読んだことがあることを前提に書かれています。未読でネタバレを避けたい方や作品の基本情報を知らないという方は、下の記事のほうをご覧ください。

後編では「碁精」「嫉妬の碁盤」「盤上の愛」の3本の感想を綴っています。

各話がっつり書いているので、お時間のない方は、エピソード別にお読みいただくのがオススメです。


1.碁精

喧嘩に明け暮れる生活の青年が留置所で出会ったプロ棋士の老人に頼まれ、囲碁に人生を捧げる少女(孫)へ仕えることになるまでのお話。

本作も囲碁を通して人を知るシーンが描かれていますが、このお話の前までに収録されていた「いしのおと」シリーズよりも、ある意味深いです。

華「好きなところに置け」(石を差し出しながら)

主人公の劉が、老棋士の光舟に連れられて孫の華に出会ったときのシーン。劉が戸惑いながら天元の一路横(ちなみに劉はこの時点で交点に置くことすら知りません)に黒石を置くと、華は天元に白石を置いて、満足げな表情で去っていきます。光舟は「置く場所はどうでもよかったんじゃよ」と言いますが、光舟自身はある程度読み取っているあたり、華も何かわかっていそう。

作中では劉が天元の横に置いたことをどう感じ取ったのかは明言されていませんが、個人的には従者の性質を見出したのかなぁと。光舟の「ぬしを選んだのは正しかった」が、答えなのかもしれないけれど。

置いた理由を聞かれて「適当」と劉が答えた後の下のセリフも好き。

光舟「適当でも361路の中から自分で選んだ。そこには必ず意味がある。自分で選んだ一手。流れの中で選んだ一手。選ばざるを得なかった一手。『今』はそうした一手の積み重ねだ」

人生を考えさせられる言葉です。

それと本作が「いしのおと」シリーズと違うのは、囲碁のディープな世界観を覗き見れること。

光舟は囲碁の真理に焦がれ、年齢的に先の短い自分の代わりとして華を育てています。華もそれを当然のように受け入れ、外界と関わることなく囲碁がすべての人生を送っています。

私は自分が囲碁界の人なので、二人に異質なものを感じつつも、理解はできます。囲碁ってこういうものだよなぁと。

しかし囲碁に無縁な生活をしてきた劉は、一般人の感性で「(華を)閉じ込めているのではないか」と感じ、本人にも「(囲碁の)世界を飛び出したくないのか」と問いかけます。一方で碁盤に向き合う二人から龍や山を幻視したり、囲碁の可能性の広大さを感じ取って、最終的には華の答えに納得するのです。

劉のように受け入れることができるか、こんな世界怖い(笑)と思うかは人それぞれだと思いますが、囲碁勢はもちろんのこと、ぜひ囲碁を知らない方に読んでいただきたい作品です。

ちなみに光舟は「いしのおと」シリーズの第1話にも出ています(逆に音の祖母もこの話にも出ています)。囲碁勢であれば、そこで気づいた方も多いかと思うのですが……留置所に名誉棋聖に名前で、光舟のモデルはあの大棋士ですよね(笑)

2.嫉妬の碁盤

囲碁サロンを舞台に一人の男性を巡る二人の女性のお話。囲碁サロンらしく(?)、登場人物は基本的に熟年~老年層です。

このお話もこれまでの収録作品の例に漏れず、人となりがその人の碁に表れています。良くも悪くも純粋でワガママな子どもっぽさを持つ主人公の清羅は、ヤキモチ焼きで欲張りな碁。対する穏やかで品の良い都和子は、筋が良く、夢のある碁を打つようです。

ストーリー的には、清羅が想いを寄せる男性、風間に惚れられている都和子を何とかしようと裏であれこれ動いていくというドラマにもありがちな筋。

しかし都和子が思いがけぬ事故で亡くなり、終わりを迎えたかと思った瞬間がとてつもなく怖い(笑)

都和子「何も知らずに自分が不幸だと思って、人に嫉妬の炎を向けて…そんな幸せなあなたが…本当に妬ましいわ…」

心も碁も美しく、非の打ちどころがなさそうだった都和子。やはり女性というべきか、おっそろしい部分が隠されていました。棋譜を通じて、怨念で人(清羅)を冥界に堕とすとか……正直現実で追い詰めようとした清羅よりもよっぽど怖いです(笑)

というか碁ってわりと本性が出ると思うのですが、都和子はそれも殆ど出なかったんだろうなぁ。逆に言えば、自分を押し殺すのが長らく普通になっていて、囲碁を覚えた時点では、それが本当の自分に近くなっていたんでしょうね。

男性が読んだらブルブル来そうなお話ですが(笑)、女性は清羅にしても都和子にしても共感できる部分は少なくないはず。私は途中まで「にっくき清羅!」と思いつつ、感情移入できたのは清羅のほうでした(笑)

そして本筋にはあまり関係ありませんが、90歳の殺し屋のお婆ちゃんと打ってみたいです(笑)

3.盤上の愛

私のイチオシ作品である本作。

なんと……結婚を賭けた対局をするのです!!!←この力の入りよう(笑)

これ、囲碁女子のロマンじゃない?(いや、男子もあるかもしれないけど)。これに勝ったら結婚してくださいって私も一度くらい言ってみたいわ!(何度もあるのもまずいか。笑)

と、私の願望はさておき(笑)、どんなお話かをもう少し。

主人公楽子(アマ初段くらい)が、中学生の頃(なんだってー!)に結婚の約束をしたものの、大人になってから一度プロポーズを断ってしまった幼馴染の元(プロ棋士)に指導碁で結婚を賭けた勝負を挑むのです。

人生を賭けた勝負ってタメであるイメージがあるけど、指導碁で挑む設定が新鮮ですよね。まぁアマ初段とプロじゃ、逆立ちしても互先ではできないけど……(笑)

二人は舞台となる碁会所に通っていて(楽子の場合は厳密には祖父だけど)、常連のおじさまたちにとっては可愛い子たち。みんな自分の対局そっちのけでその勝負を見守って、楽子の着手に一喜一憂してくれます。

しかし普通にプロポーズし直しても良かったはずなのに、あえて勝負に持ち込むとは……。やっぱり一度断ってしまったから、というのがあるんでしょうね。囲碁で本気度を伝えるって、碁打ち同士なら言葉よりも確かな感じがします。

元も断られたことを理由にしつつ、勝負師の本能で双方にとってハードルの高い(この後を読めばわかる。笑)5子を選択してしまうあたりが……やっぱりプロ棋士になる人は違いますね(笑)。「こんなに負けたい勝負があるだろうか」とか思っているくせにぃ!(笑)。でも裏を返せば、5子なら楽子にワンチャンあると思っているということなのか。

本作の面白いところは、楽子の女心的なところ、上手と打つときの心境がわかる一方で、元の指導碁する側の心境もめちゃくちゃ共感できてしまうところ。

アマチュアの一手一手はプロ棋士の想像を絶し、どんなに手を差し伸べても相手が勝手に転ぶのである。

私はプロ棋士ではないですが、共感ボタンがあれば百回くらい押したいシーン①(笑)

そして終盤では、元がこれを怒涛の独白でわかりやすく表現してくれています(共感ボタン百回シーン②。笑)

元「何を考えているんだ?イヤな予感しかしないぞー」(直後、着手を見て暗転)

上はその一部分。妙に長考された後は、高確率でまずい手が打たれるんですよね。自分もやたら長く考えた手に限って悪手なことが多いけど。

もう元の肩をポンポンしてあげたい(笑)

ここまで元の指導碁する人の代表のようなところに突っ込んでいきましたが、私はプレイヤーとして楽子側の心境にもなれるので、自分の打った手に絶望するシーンもめちゃくちゃわかります(共感ボタン百回③。笑)。あと、やらかした後に何とかしようと「キッ」となるところがカッコイイ!

このお話は、がっつり対局を通して二人の心の内を描いているので、そのときの感情や考え、そして性格がどう碁に込められていくのかがわかりやすいかと思います。それと囲碁が人生に喩えるシーンも素敵。囲碁ってある意味人生ゲームですよね。

両想いだけど、心の距離が少し遠くなっていた分を囲碁を通じて埋めていこうという結末も良かったです。七番勝負で決着がついたかわかりませんが、元は楽子が勝負に勝つまで番碁を続けてくれるだろうし、無事に結婚できたんじゃないかと思っています。


とてつもなく長いレビュー(という名の感想文)になってしまいました……。「いしのおと」は第2集もあるので、こちらも時間のあるときにネタバレなし版、あり版を書きたいと思っています。

ここまでお読みくださった方、本当にありがとうございました。

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