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手紙

健司さんへ

お久しぶりです、朝香です。お元気ですか。

私のことを覚えていますか。
貴方は確か小学6年生で、私が小学3年生の頃だったでしょうか。何度か祖父母に連れられて、あなたの家にお邪魔していました。
祖父母が用事を済ませている間、貴方は私の弟たちと一緒によく遊んでくれました。
一緒に追いかけっこをしたり、かくれんぼをしたり。貴方は私の手を引いて、貴方の家を案内してくれました。知らない人の家を見て回るのは、探検みたいでとても楽しかったです。
私は長女だったので、なんだかお兄さんが出来た気がしてとても嬉しくて、毎回会えるのを楽しみにしていました。
恋に恋する年頃でもありましたから、子供ながらに年上の男の人に会うことに緊張してしまって、貴方に会う前には「この服装で大丈夫かな」「髪型変じゃないかな」「前髪跳ねてないかな」と不安になったりして。貴方のことを意識するようになっていました。
それでも、元々は祖父母の用事について来ただけだったので、段々と会う回数が減ったり、会いに行ってもタイミングがすれ違ったりして、貴方が中学に進学したことを境に会わなくなりました。
貴方が私たちの相手をするのを面倒がっていたのではないかな、と相手のことを考えずに、ただ会いに行くのに夢中だったな、と幼い頃の自分が恥ずかしくもあります。

もう貴方は覚えていないかもしれません。数回しか会っていませんし、私も貴方の名前は覚えていても、どんな容姿だったか、まるで覚えていません。
それでも、私は貴方と過ごした時間をときどきふと思い出すのです。
あの時の無邪気に貴方を慕っていた自分自身を、その気持ちを鮮明に覚えています。
きっと貴方にとっては何でもない時間だったと思います。それでも私にとっては、身内以外の他人に、初めて心の置ける時間でした。そして、そんな貴方が私の初恋でした。

もう貴方に会うことはないでしょう。それでも、貴方に出会えた思い出は、私の心の拠り所です。
ありがとう。

もう名前しか分からない貴方へ
                  朝香

……..

届くこともない、架空のラブレターを思い描いている自分を未練がましいと感じながら、私は今日も電車に揺られている。
朝の電車は椅子が空いていない。吊革に掴まって窓の外の流れていく景色をぼんやりと見ている。今日も私にしか分からない、何でもないことを考える時間を過ごしている。
最後に彼に会ったのはいつだっただろう。私は多分小学校高学年になっていて。彼の家の玄関で、祖父母が話し込んでいるのを待っていた時、ちょうど顔を出した彼と会釈したのだったか。
思い出してもちっとも彼の顔が浮かばない。どんな顔をしていただろうか、どんな声をしていただろうか。彼とどんな会話をしていただろうか。
きっと私の思い出の景色は、たくさん美化されて捏造されているだろう。
それでも。私のあの時の熱はなぜか鮮明に覚えている。彼に恋をしていたあの時の私の想いはずっと燻っているようで、思い出の中に閉じ込めて、消えずに今も残っているらしい。
窓の向こうに広い川が見えた。前へと流れる青い川が、水面を照らされてチカチカと光る。とても眩しくて、でも見ていたくて、逸らせなくて、ただ目を細めているだけだった。

そんな電車はあっという間に川を超えて過ぎてしまった。私を乗せて、過ぎてしまった。


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少し文章を書きたくなってしまった…。
創作って難しい。

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