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自分の得意なこと



絶対音感があることを知り、ピアノ教室へ


小さい頃から耳コピが得意です。何か訓練を受けたわけでもないですが、幼稚園の曲を覚えて家にあったキーボードで伴奏付きで演奏したらしく親を驚かせたようです。運指もめちゃくちゃで完全に自己流なので、ピアノ教室に通うことになりました。

クラシック曲が中心なので、自分の好きなアニメやゲーム曲が弾けず、正直練習は楽しくありませんでしたが、音符の種類や指番号、強弱記号やペダルのタイミングなど、細かいところについてはきちんと習って良かったと思います。ただ、年齢が上がるにつれて楽譜をきちんと読まなくなり、後々後悔することに…

1人でたくさん弾いた小学生時代

小学生の頃は休み時間に教室にあったオルガンを弾くのが好きで、好きな曲をたくさん弾いていました。ポケモンなどのアニメ、ゼルダの伝説やスマッシュブラザーズなどのゲーム曲を弾くと喜ばれるのでみんなの反応が嬉しくて、ピアノを職業にしたくなりました。
運動会ではだんご三兄弟の替え歌を応援歌にしたいと先生から伴奏を頼まれて録音しました。学校中に流れて嬉しかったのと同時に恥ずかしかったのを覚えています。

いろんな楽器に触れ、合奏を楽しんだ中学時代

中学では音楽部に入り、初めてアコーディオンや木琴などに触れ合奏する楽しさを知りました。楽器の選び方は挙手制なのですが、存在感の薄さにいつも当ててもらえず、ほぼピアノを弾くことはありませんでした(笑)
家族で夏休み中に行った沖縄旅行で三線づくりをし、夏休み明けの音楽の授業の自由曲発表で、「はいさいおじさん」を演奏しようとしましたが肝心のチューニングがずれており(楽器上部にある音の高さを調節するところ)、知識がないので結局ピアノで何か即興で弾くことに。花*花の「さよなら大好きな人」を弾いたのを覚えています。この時にもピアノに助けられました。

バンドを結成した高校時代


高校入学当初、軽音楽部があることを知り入りたかったのですが、この時もコミュ障を発揮。すでにグループを組んでいるところから抽選で選ばれるという状態だったので、グループすら組めていない私は諦めました。
しかし、その後チャンスが巡ってくることに。
夏の合唱コンクールでピアノ伴奏をすることになり、空き時間に好きな曲を弾いていたら軽音楽部の子にスカウトされ、なんと入部することができました!
その後は2つバンドを掛け持ちすることになり、ギターやドラムも経験しました。ライブハウスで演奏することもあり、たくさん音楽に触れて楽しい経験でした。

どん底から這い上がった大学時代

大学受験は苦労しました。
今まで楽譜なしで自由に演奏してきたせいで、楽譜を読むことをサボり、楽譜を書くなどの勉強をしてこなかったので、初見演奏や採譜がとても苦手で、聴音でさえも音は完全に分かっているのに譜面に起こせず解答できない事態に。結果得意なはずの聴音で1番下のクラスになって悔しい思いをしました。芸大の音楽学科に入ることができ、ポピュラー音楽コースではジャズやラテン音楽など、演奏したことがないジャンルも勉強し、音楽漬けの毎日でした。サボってきたことにより、周りと演奏力や知識の差がかなり開いており初めて挫折感を味わうこともありました。高校まではチヤホヤされて有頂天になっていたからです。このままじゃいけないと心を改めて行動に起こしました。朝6時半に家を出て、朝から授業前までひたすらピアノを練習しました。卒業前のピアノの級を一気に2級上げることに成功!1番下のクラスになった聴音では1番上のクラスになることができました!卒業演奏では今まで挑戦したことがなかったオリジナル曲も作って演奏ができ、自分なりに成長できたと実感しました。

エジソンの「天才とは、1%のひらめきと99%の努力である」という言葉どおりだと思います。絶対音感があるからと努力せずにここまできた結果、周りと差をつけられかなり苦労したので息子には努力することの大切さを伝えたいと思います。たくさん勉強して、努力した人が結果を出すのだと身に染みて学びました。

小さい子どもではなく、大人の趣味層を教えるピアノ講師へ


在学中からピアノ教室を立ち上げることにも挑戦しました。ホームページを作り、いくつかのピアノ教室募集サイトに掲載してもらって、チラシを近所に貼らせてもらったりしました。結果ポツポツと生徒が集まり、祖母の家のアップライトピアノを借りてそこで教えることになりました。
私は正直演奏力は高くありません。下手です。楽譜を読むのも早いわけではなく、クラシックに関しては全然弾ける曲がありません。
一般的なピアノ講師としては勝負できないと考えた私は、「趣味として楽しみたい大人をターゲットにして、小さなニーズに応えよう」と思いました。
自分の絶対音感を活かして、楽譜がない曲やオリジナル曲を持ってこられた時は、採譜したり、弾き語り用にアレンジしたり、結婚式でピアノ演奏したいという方には専用のカラオケ音源を作ったりすることもありました。
このように個別で依頼を受けるので、完全オーダーメイド制のレッスンでした。自分らしく、カリキュラムのない生徒一人一人に合わせてレッスンできる楽しさはこれまで味わった中で1番でした。
大変な作業が多く、夜中まで作業することもありましたが本当に楽しい仕事だったと思います。
大学を卒業してからは就職に就くことができず、ピアノ講師を続けながらアルバイトをする日々でした。
その後親から心配され、ピアノ教室を辞め、音楽とは全然関係のない企業に中途採用され音楽漬けの毎日ではなくなりました。(社会人バンドもやりましたが、忙しくて続きませんでした)

現在は1児の母で派遣社員。またピアノを教えたい

現在は家庭を持って派遣社員として働いており、ピアノを何年も教えていませんが、やっぱりあの時に味わった楽しさを忘れられず、また誰かの役に立ちたいと思っています。

ココナラで2つ出品してみたのですが、まだ1人も問い合わせが来ません(泣)

子育て中で仕事もしており、時間をたくさん取ることは難しいですができる範囲でまた教えたいと考えています。

興味がある方はぜひ、お気軽にお申込み下さい。問い合わせだけでもOKです!

今日のテーマはここまで。




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