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シンデレラ・パジャマ

「あなた、お名前は?」

3年通っているが、名前を覚えてもらったことはない。あまりに久しぶりに尋ねられて、しばし面食らった。


彼女は私をケアさんと呼んでいる。


私も別にそれで困らないし、ちなみに毎週2回来ている看護師さん達もケアさんである。


私と看護師さんの区別がついているかも微妙だが、彼女はそこをうまく取り繕うことに長けている。


彼女の一人暮らしには、ケアさんが複数必要になってきていた。


ケアさんをいくら増やしても、不安の全てをカバーできない。


毎朝、いくら優秀なファンデーションやコンシーラーを塗り重ねても、シミと皺はそこにあるのと同じだ。


生活の綻びは、決してなかったことにも、元に戻すこともできない。


「ナニカイラナイモノカイマスヨ」と片言の日本語で、不用品回収にやってくる女性達。


元より、困っている人を助けることを生き甲斐にしてきた彼女は、異国で働く女性達の何か役に立ちたくて、不要ではない形見の時計を差し出した。

「しわくちゃの1000円札を1枚置いていかれたの」と話す。


「あれは大事なものだったのに……」と嘆かれて、警察に問い合わせれば、それは「押し買い」という手法で、犯罪には値しない。


わざと日本語の理解が乏しい人に、車で回る役割をさせて、質問されたら「ワカラナイ」と首をふり、「コレイイデスカ、イイデショウ?」と返事も待たずに、乗ってきたトラックに農機具などを積み込んでしまうこともあるようだ。


知らない人から買わないことだけではなく


知らない人に売らないことを確認する。


身に覚えのない、サプリメントが届く。


電話セールスに名前と住所を、得意げに教えたのだろう。それはソラで言えるのだ。


未知なる力の宿りそうなネーミングで万能感を期待させる言葉が並ぶ。


電話をして断る。もういりませんというと、明日には2回目のお届けで、そちらはキャンセルできません。とのこと。


1ヶ月ごとの定期便の契約だった。代引きで来たら払えてしまう能力が恨めしい。


詐欺撲滅の電話録音機能の機械を市から貸与する。


手続きも設置も行うと、デイサービスから


「おだんごさん、電話がね、作動してないみたい」と連絡。


慌てて駆けつけると、コンセントが抜かれていた。「出っ張りが邪魔だわ。私はこんなのいらない!」と怒り出す。


新しいことやものや習慣は、ことごとく不満の的になる。


それを提案して、助言する私も煙たい存在である。


最近は、私の訪問を訝しんでいることもある。


どうせ、施設に入れって言うんでしょ。


私はまだまだやれるのに。


そう思っているのがわかるから、私は「もうかなり厳しいよね…」とサービス事業所から連絡をもらうたびに、サンドイッチのゆで卵みたいな気持ちになる。


潰れて混ぜ合わされた思考のあれこれは、どこにもいくことができず、プレスされるがままだ。


「ねえ、あなたのお名前は?」


「あっ、おだんごです」というと


「ああ、じゃあ、あなたにこれ!息子がね、いつもお世話になってますって」


彼女が手にしている紙袋には、パジャマが入っていた。紙袋には私の名前と、息子さんの名前が書かれていた。


「えっ?なにかな、これ?」というと


彼女は「わからない。けどあなたへよ。来る人来る人に名前を聞いていたの、やっと会えたわ」と言う。


そのパジャマは、息子さんの会社で作られたものだった。


一度しか会ったことがない私に、もしも選んでくれたのであれば、なんというか一言「わお!」であった。


クリームイエローにカラフルなイラストの総柄でポップでエキセントリックでシュールだった。


絶対に自分では買わないし選ばない。ちなみに事務所に帰ってみんなに見せたら、斬新!とか
ワイルド!とか、多分高い!と言われた。


そして、「なんかさ、意外に似合いそう」と言われた。


「きっと似合うわよ」確かに彼女もそう言った。


「いただきものはできないから」と、プレゼントを返そうとすると、「私からではなく息子からだし、渡さなければ叱られる」と彼女は紙袋を私から受け取らない。


何より袋がある間、彼女は訪問者に名前を尋ね続けるだろう。


まさに、これは、シンデレラ・パジャマである。


彼女には、私から息子さんにお電話をしてお気遣いいただいたお礼を伝えるため、持ち帰ることを話した。


彼女は安心したようで、にこにこした。


お役目御免である。


そして、パジャマをあてて見せた時「あなた、やっぱり結構似合うわよ」と言われたのだ。


息子さんは、「いつもお世話になって、ほんの自社製品だし、よかったら使ってください」と
おっしゃってくださり、私は上司にも報告して
ありがたく頂戴した。


着る前は、わーお!と思っていたが、びっくりするぐらい、似合ってしまった。


ポップでエキセントリックでシュール。


見抜かれているのだろうか。私は内面がどこかから漏れ出しているのだろうか。


そしてMサイズ。ピッタリです。


「あなた、お名前は?」


私の王子は97歳のおばあちゃんで


私のガラスの靴はめちゃんこ派手なパジャマでした。


頭の中では、キンプリ流れてます。プレシャス。

#note


お気持ちありがたく頂戴するタイプです。簡単に嬉しくなって調子に乗って頑張るタイプです。お金は大切にするタイプです。