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お母さん、スモールステップですよと言って貰えたから

長男が4年生の時の保護者懇談会だ。

忘れられない景色がある。

その日、児童アンケートの集計が配られた。
内容は、子供達に学校は楽しいか?勉強は理解できるか?いじめはないか?などを尋ねたものだったと記憶している。
集計結果をみて、何か質問はないかと、担任の
先生が言うと、1人のお父さんが口を開いた。

「この、移動教室に行く時に連れ立つ友達がいないと答えた子と、休み時間に1人で過ごすと答えた子は、同じ子ですか?」と質問した。

どちらも1人の回答だった。

先生は少し困ったように、「はい」と答えた。

「いじめはないとみんなが思っているようですが、見落としているのではないですか?」
少し口調を強めてそのお父さんは詰問した。
友達がいないことはいじめられていることだと決めつけているように聞こえた。

私は、背筋が凍り変な汗をかいていた。そのお父さんに対して、本当にいいようのない憎しみみたいなドロドロとした感情が渦巻いて、俯きながらその時間を過ごしていた。その時に先生がどう説明し会が終わったのか覚えていない。

私は少し先生に聞きたいことがあるんだ!と明るくママ友に告げて、人の波がひいてから、先生に話しかけた。

「うちの子ですよね」というと、先生は

「お時間あれば少しお話ししましょう。」と
言ってくれた。

先生は当時30代手前で同世代の男性で、小柄で穏やかな物腰の人だった。

「居心地の悪いお気持ちにさせてしまいましたよね。配慮が足らず申し訳ありませんでした」
と謝罪の後、息子のアンケートについて見せてくださり、息子と面談をした様子や、先生の見解をお話ししてくださった。

移動教室に行く時、気軽に一緒に行こうという友達はいない。
休み時間に体育館に遊びに行くこともない。
誘われないし、入れてと言えない。

課外授業のグループ分けは、自由に決めてよいと言われたら足りないところに入っている。

親として1人目の息子のこの事態は
息苦しく、涙がでることだった。

ちなみに、息子に友達がいないことは知っていた。もちろん、田舎の小さなコミュニティなので、全員が幼馴染で顔見知りみたいなところもあり、同級生が遊びにきたり、遊びに行ったりしていたが、息子と遊びたいのではなく、
うちにある最新のゲームと遊びたかったり、
おやつを食べたかったり、どこかに行く時は
人数合わせだと気づいていた。それでも、人といることに少しホッとしたりしていた。

それでも、息子は嫌な顔をひとつもせずに、学校を休みたいとか行きたくないとか言ったことは一度もなかった。
真面目で義理堅いところがあり、学校は行くべきところと自分で決めていたのだろう。

先生が息子と話した時、
「別に1人は寂しくないし、いじめられていません。」とはっきり言ったそうだ。
無視をされているわけでもない。嫌なこともされない。ただ、誰の目にも映らないことが
多かったのだ。

「休み時間に図書室に行くのが好きです」
とも言って、本を読んで過ごしているようだった。先生は、凄くいいねと褒めたそうだ。

先生は
「僕は1人でいることを恐れない◯◯さんは本当に強い子だと思います。◯◯さんの気持ちもよくわかります。僕も上手く人と付き合える人間ではなく、何度も悲しい思いや苦しい思いをして、今、こうして教師をしていますが、僕と同じように◯◯さんも、スモールステップの人なのだと思います。」
と私に言った。

スムーズになんの障害もなく駆け上がる子もいる。

一段飛ばしで軽やかに上がる子もいる。

友達とおしゃべりしながら、楽しく上がる子もいる。

10歳の山道の登り方はそれぞれで、息子は1人で一段一段を確認しながらゆっくり上がっているところだという。

「人から見たら歩幅が狭く進んでいるのか見えなくても、着実に進み登っているんです。
大丈夫です。1人を恐れず受け入れている人間が1番強いんです。お母さん、その力を信じてください。」

鼻をすすりながら、俯く私に黒板に階段を書いて励ましてくれた先生。

先生が途中からまるで自分ごとのように、目を潤ませて話してくれたことで、私の心は随分と
軽くなっていた。

あのお父さんの子は、明朗快活でピアノも上手なお嬢さんだった。多分、娘の背中に羽が生えているから、私の息子のような子供は気の毒で不憫に思えたのだろう。

私はその日から決意している。

誰かの悲しみは誰かのもので、その人を
上回る感情を寄せないことだ。失礼でしかない。
あのお父さんが教えてくれたことだ。

今、長男は東京の中学校に勤務している。
臨時雇用ではあるが先生と呼ばれている。

正規雇用の採用試験には2連敗だが、私はもう
心配もしていない。
スモールステップの人間だもの。
失敗して上手くいかないことを乗り越えるのが
持ち味だもの。

「俺みたいな子を応援したいんだ」と教育を
志した息子を、私は心底尊敬している。

あの時の景色は涙でくすんでいるけれど、今の、そしてこれからの息子に通じる入り口だったとも感じている。


お気持ちありがたく頂戴するタイプです。簡単に嬉しくなって調子に乗って頑張るタイプです。お金は大切にするタイプです。