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冬の寒さを感じる遅い朝に、弱々しい日を背に急坂を登っていく。 辿り着いた「宇山」と表札の上がったこの家は、いわゆる山の手のお屋敷だ。 品のある意匠の鉄門を開いて庭先を渡り、インターホンを押す。程なくして癖っ毛の青年が顔を覗かせた。 「――やぁ、カナちゃんか。いらっしゃい」 「……おはようございます、日向(ひなた)くん」 小さく頭を下げる。そんな私に朗らかに声を掛けて、扉を大きく開いた。 * * * 二階の日当たりの良い角部屋。窓際のベッドには一人の老
――彼は、いつも長袖の服を着ていた。 寒い冬は勿論、暖かく麗らかな春の日も、うだるような暑さの夏の日も、残暑厳しい秋の日も。 ひょろりと背が高く、折れそうなほど線が細く、不健康に青白い肌を持つ彼は、いつだって長袖を着ていた。 「ただ着たいから、着てるだけだよ」 「だって、そうしないと泣いちゃうからね」 それは、彼がいつかに笑って言ったこと。 ――寂しそうに、口ずさんだ言葉だった。 § クラスメイトの彼と初めてまともに話したのは、高校一年生の夏休