見出し画像

自主勉強

わたしは勉強が特別好きなわけでも、吐き気をもよおすほど苦手なわけでもなかった。

国語も算数も理科も、小学生のタスクだと思って淡々とこなしていたように思う。
(今思うと可愛げのない子どもだった。)

そんなだから、あの頃学んだことはほとんど覚えていないのだけど、ひとつだけ鮮明に覚えている宿題がある。

誰が命名したのかわからないが、わたしたちのクラスでは「自主勉強」と呼ばれていた。

自主勉強のシステムは至極シンプル。
1日1ページ、ノートに自分の好きなことを書いてくる。
ただ、これだけ。

最低1ページというルールさえ守っていれば、本当になんでもよかった。
日記を書いてくるでもよし、絵を描いてくるでもよし、好きなアニメについて熱く語るでもよし。

クラスメイトのなかには、毎日10ページ以上オリジナルの小説を書いてくる熱心な子もいた。

そして1ページが埋まってさえいれば、先生は「よくできました」のハンコを押してくれた。
一人ひとりの自主勉強ノートに目を通して、毎回コメントを添えて。

コメントといっても、仕事の出来を評価する上司みたいなものではない。
先生は純粋に読者として(または観覧者として)、「知らなかった!」「わたしもやってみようと思いました」と感想を書いてくれていたのだ。


ある日のノートに、わたしはりんごの品種を調べて書いた。
当時はインターネットなんてないから、親に買ってもらった分厚い百科事典をめくり、分かりやすいようにと苦手なイラストも駆使した。

そうして出来た見開き1ページのプチ事典。
次の日、先生はこんなコメントをくれた。

「彩のノートを読んで、スーパーでりんご売り場を見たら、たくさんの種類があることに気づきました。今日はノートの右上にあった王林を買いました。本当に甘くておいしいね!」


先生は、わたしのノートを見てりんごを買ってくれたんだ。
そう思ったら、口もとが自然とゆるんだ。
勝手に口角が上がっていくのが恥ずかしくて、ノートで顔を隠す。


何十年後、わたしがライターの道に進んだのは先生のおかげかもしれないなぁ、なんてふと思った。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?