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何が大切なのか。14歳離れた当事者と1週間をともにして、話して分かること。

今、日本は感染症対策や子どもの居場所をどうするのか、という話題でもちきりなのだけど、うちの家では毎日「子どもの権利」について話をしている。

もう少し正確に書くと、子どもが何故生きていくのか。つまり人はなぜ生きていくのか、に関して話している気がする。

今回の話す相手は4歳の息子ではなく、

Aちゃん、20歳の女の子だ。(本人の承諾を得て文章を書いている。)

知り合ったきっかけ

14歳年下の彼女とは、当事者だった彼ら・彼女らが中心となって活動している勉強会で知り合い、

比較的少ない”里親”という興味関心が合って仲良くなった。(私が一方的に連絡先を聞いたのだけど。)


(*ちなみに当事者という言葉は、個人的にはあまり使いたくない言葉に入る。分かりやすさのためにこのように表現しているが、本当は社会的養護に入るべきであろう子どもたちが入れていないということもあり、何を持って当事者なのかのルールや範囲が明確ではないからである。それでも当事者活動やアドボカシーという当事者の声は伝わるべき、だと思っているので、知っている人が一人でも増えるようにこのBlogでは積極的に使っている。)


彼女自身もオリオハナという活動をしていて、実際にうちの子どもたちと水族館に行くのについてきてもらったことがある。(子どもの扱いにもとても慣れていて安心できる。うちの子どもたちは常に彼女に、べったりまとわりついているぐらい。笑)


LAのディズニーでも、プールでも、ふとした時にその話になる。

教えてくれるのはいつも、子どもだと思う。

(年齢だけを見ると、彼女はもう子どもじゃないけど、子どもの本当の声を知っている人だ。)

ここでは書かないが、色んな気づきがあって、毎日面白い。この気付きは応用できることが多い。

ルールと、何を大事にするのかの塩梅

高山義浩先生が公開のFBでコメントされていたことと重なったので、紹介したい。

 以前、悪性腫瘍終末期にある30代女性の主治医をしていたことがありました。在宅でお看取りしましたが、亡くなる数日前に訪問すると、彼女が「◯◯ちゃんがいなくなった」と泣いています。彼女には4歳の独り息子がいたはずです。訪問看護に事情を聞くと、インフルエンザを発症したので、祖父母に引き取らせたとのこと。感染対策上は正しいのですが、私は「子供の体調が許す限りは母親の側にいさせてあげましょう」と言いました。感染対策とは絶対のルールではありません。リスクをとってでも、暮らしを優先するときもあります。

感染対策とは、絶対のルールではない、という言葉。

こういう対応は、臨機応援というものだけではなくて、何を大切にするかだと思う。

子どもに対して、ルールを守ることも、大事だとは思う。児童相談所や、施設、里親だけではなくて、一般家庭だってそうだ。


でも、その上で。

相手が、生きること、自分らしく生きること、を応援できる人になりたい。

(あぁ、難しいなぁ。一生涯できないだろうけど、目指したいな。そしてこのことを忘れずに言葉にできる、行動できる人になりたい。いつか。)


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RACという団体でショートステイ・短期里親の普及活動をしています。 歯科医師(訪問歯科、高齢者)、MBA、東京大学大学院 客員研究員。 子ども・高齢者・社会を繋げられたらなと思っています。4歳2歳の母。現在カリフォルニア在住。 BlogはRACの活動と趣味の性教育ネタ。