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ここは新宿2.5丁目 BARマロン

●あらすじ●
新宿2丁目と3丁目の間にある【新宿2.5丁目BARマロン】
そこは、ノンケとLGBTQ、その他多くの生きづらい人達との境界線にあるかの如く、まるで汽水域のようなお店だった。
何も知らずに飛び込んだクロエが体験する出会いとトラブル、そしてその成長を綴った作品です。

第1話 間違えて面接に来た女「ここは普通のBARじゃない??」

「ここはね、昔は新宿2丁目だったの」
目の前でにこやかに微笑みながら、ママが言った。その頬は赤く、あきらかに酒臭い。
どうやら、しこたま酔っているご様子だ。

え?この人、面接中なのに、なんの話をしているの??
どう考えても酔っ払いすぎてない??
私の頭の中は、クエスチョンマークでいっぱいになっていた。

おかしい・・てっきり普通のBARのバイト面接に来たと思っていたけど、どうやらお店のチョイスを間違えてしまったみたいだ。
私は脳内で、どこで話を切り上げ面接を終えるかの算段をしはじめていた。


さかのぼること、2週間前。
新しい病気があっという間に流行して、広く外出自粛令がでるなんて、多分東京中の誰もが想像だにしていなかった出来事だと思う。
それまで勤めていた派遣会社からの派遣打ち切りを宣告され、寝耳に水の勢いで突然無職になったのは、自分だけではなかったはずだ。
これは、このマイナスな世間の流れが収まるまで、当分派遣の再募集はなさそう。
そうは悟る事ができたが、ここ東京で生きていくのは家賃も払わないといけないし、食費だってかかる。

大学入学で上京した東京。
就職活動が上手くいかずフリーターになったけれど、こんなことで田舎に帰るなんて絶対嫌だ。

親に相談すれば、とりあえず帰ってこいの一択だろうし…とりあえず、何かしないといけない!と焦って求人を探していたところ、異常に時給のいい、このBARのバイトを見つけたのはそんな時だった。

【BARマロン】
住所 東京都新宿区新宿3丁目〇-△
募集人材 年齢、性別問わず
時間 10時~(8時間程度、要相談)
シフト 週1から可能
自給 2000円~、各種インセンティブ有り、交通費全額支給
その他 服装、髪型、ネイル、全て規定なし

この時給からすると…ガールズバーかな?との不安はあったけど、募集要項の中で特に男女の指定もなかったし、住所は華やかな歌舞伎町ではなく新宿3丁目だった。

特に特技があるわけでもない、容姿がいい訳でもない、ただ人と話すのと、お酒を飲む事が好きな私にとって、BARで働くというのは魅力的だった。
繋ぎのバイトとしては悪くない。

私の知る限り…新宿3丁目といえば、大小さまざまな飲食店が集まる街で、自分もよく食事に行っていたから、それとなく知っている場所で安心感があった。
この立地なら、ガールズバーなどではなく、きっと純粋なBARなんだろうなと信じ、時給の良さにつられるがまま、私は早速面接の連絡をとってみることにした。

それまでは…お堅い百貨店への派遣業務だっただけに、身なりも礼儀も厳しい職場での勤務だった。
その反動から、今回の派遣切りを神様がくださった束の間の休みじゃないの?とばかりに、私はすぐに髪をミルクティー色に染めてしまっていた。
とりあえず何かしらバイトをしなきゃいけない事なんて、全く考えずの自分の行動に少し後悔しながらも…
髪色自由のこの求人は、今の私にはビッタリの内容じゃない?と、その条件に少し浮かれて、安易に応募を決めてしまった所もある。


簡単な自己紹介などをメールでやりとりした後、指定された面接の日時に、履歴書を携えてお店に向かった。
私のよく行く新宿3丁目からは少し離れた、その区画の一番端にあったそこは、年期の入った建物の1階、こじんまりとしたBARだった。

「こんにちは~、12時から面接をお願いした黒江です。」
お店のドアをあけ、元気よくそう告げた私の視界には、ミラーボールがギラギラと回り、数組のお客様が楽しそうに飲んでいる様子が、まず目に入ってきた。

だれも私を気に掛ける様子はない。
店内で騒ぐお客様は、男性と女性が半々くらい…中には数名ドラッグクイーンのような派手なお客様も混ざっている。

え?
そのあまりにインパクトの強い絵面に、一瞬体がフリーズする。
BAR?いや、確かにBARだけど…
お客様濃すぎない??

無意識に1歩、2歩後ずさりする私。
今思えば、あのまま帰れば良かった。

あきらかに場違いなオフィスカジュアルスタイルで、入口で立ち尽くしていた私を、カウンターの端でお酒を飲んでいたジェントルマンな老紳士が気づいて声をかける。

「あら、可愛いお嬢さんじゃない!ほら、こっちにおいで!飲もう、飲もう!」
お客様とはいえ、見つかってしまったのなら仕方ない。
私は諦めて、その老紳士に近寄りこう答えた。

「私、今日は面接にお伺いしておりまして…大変恐縮ではございますが、お店の方はどちらにおられるかご存知でしょうか??」

これから働くかもしれない場所だ、失礼があってはいけない!そう思い丁寧にお尋ねした私に、老紳士は一瞬目を大きく見開いてこう言った。

「あら、こんな可愛いお嬢さんが面接に来てくれたんだねぇ!いつから働けるの?あなたなら、ここでバッチリだよ!」
その返答に、この老紳士が店のスタッフさんだったの?と一瞬焦る私をよそに、カウンターの中に向かって老紳士は叫んだ。

「ちょっと~、ママ、ママ!面接のかわい子ちゃんが来てるわよ!もう~、どこ行ったの?」

物腰柔らかな口調なのか?ちょっとオネエなのか?判別はつきづらかったけど…ドアを開けてからここまで、何もかもが驚きの連続だった私が、その日1番度肝を抜かれたのはその時だった。

「は~~~い」
誰もいないと思っていたカウンターの中から男性の声がした。
すぐに声のした方に視線を向けると、幅50cmもないカウンターの通路にピタッとフィットして、人が横たわっていたのだ。

(え~~~~~~??)

その男の人はムクリと起き上がると、フラフラとよろめきながら、こちらに近づいてくる。

ママ?いや、男の人よね?
それより、今カウンターにハマって寝ていたよね?
どういうこと??

「あら~、可愛いいわね~!とりあえず、奥で話しましょうか?」
どこかフワフワとした口調でそう言うと、奥にあるソファ席に私を誘っていく。

「ママ~、もう採用でいいじゃない?この子だったらお客さん、いっぱい来るわよ!」
先程の老紳士がそう言ったが
「アタシが良くても、この子が嫌かもしれないじゃな~い。面接はちゃんとしなきゃね~。」
そう答えて、マスター(ママ?)は歩みを進める。

今まで寝ていてたのに…面接も何もないんじゃない?
なんて内心思ってはいたが、一先ず後をついてお店の奥へと進んでいった。


店の奥まったところにある、少しくぼんだ一角の(比較的)静かなソファ席に、私はマスター(ママ?)と向かい合って腰掛ける。

「今日は面接をして頂き、ありがとうございます。黒江と申します。」

そう言って、その時初めて正面からマスター(ママ?)の顔を拝見したのですか…その美しさに思わず私は息をのんでしまいました。
芸能人にいてもおかしくないような男前さんが、少しトロンとした目で、私の前に座っているのです。
身長も180cm近くあったし、中性的なそのお顔は、目も鼻も口も、その全てが整っていて、今までに出会ったことのない綺麗すぎる男性に、身体が急に強ばってしまうのを自分でも感じていました。

「はじめまして、ママのジュンです。履歴書をまず頂けますか?」
とっても綺麗な男性だけど…ママ…。
この方は、ゲイなのかな?と、私はすぐにそう思った。

手渡した履歴書を見ながら、一通り当たり障りのない質問のやりとりをした後、突然ママはこう尋ねた。

「あなた、この店に来てどう思った?」
私は何を意図しての質問かが分からず…
「お昼間から皆さん楽しそうにお酒を飲んでおられるから、忙しいお店なんだなって思いました。」
そう、当たり障りのない答えを返す。

「ここはね、昔新宿2丁目だったの。」

急に話が飛んだな!と思いつつ、
「はぁ…」
と幾分気のない返事を返す。

「戦後、何回も区画整理があってね。その時々で、2丁目だったり、3丁目だったりしたのよ。」

私にとっては住所のいわれなんて、どうでもいい話だ。

「今は3丁目だけど、いつまた2丁目になるかもしれない。それとね、この店の前はもう完全な新宿2丁目、アジア最大のゲイタウンなのよ。逆に3丁目はノンケが普通に楽しむ街、その間にあるウチは、新宿2.5丁目BARマロンって言われてるの。」

2.5丁目?
そんなの初めて聞いたけど…。俗称かな??
ママ、こんな話をするなんて、相当酔っ払ってるなぁ…どこで帰るって言おう…。
私は頭の中でそんなことばかり考えていた。

「うちの店はね、ノンケもゲイもビアンも誰でも来いのミックスバーなのね。ただ場所柄、カミングアウトできない人や、生きづらい思いをしてるお客さんもたくさん来るの。」

ノンケ…は、普通の人。
ゲイは、男性が好きな男性、ビアンは女性が好きな女性。
そこまではわかったけど…カミングアウトできない人?あ、内緒でゲイとかビアンということかな?
生きづらい人…心の病の方なのかな??
私は必死に言葉の意味を理解しようと、少ない知識の引き出しを片っ端から開いていった。

「とはいえ、仕事は普通のBARとなんら変わりないわ。どう?できそう?」

その時だけ、ママは真顔だった。
まつ毛の長い、その宝石のような目で初めて見つめられた瞬間…私は魔法にかかってしまったようだった。

「はい、頑張ります。」

いや、無理でしょう?
さっきまで帰ることばかり考えていたのに…私の口は、全く正反対の言葉を発していた。
蛇に睨まれた蛙の気持ち…というよりは、メデューサに魅入られて瞬間石になった哀れな人間のような…どちらかと言うとそんな気持ちだった。

こうして、私は新宿2.5丁目BARマロンでのバイトが決まったのだ。








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