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ショートショート032『粋なつまみは音声燻製』(お題:音声燻製)

今日も今日とて燻製バーに来ている。
地元で水揚げされた魚介類やチーズ、ナッツはもちろん、地元産たまごを使った厚焼き玉子の燻製や、少量ながら海沿いの農家が作ったオリーブの燻製なんてものもある。
このスモークたちと、地酒やクラフトビールを楽しめるのが、この店の売りだ。
バーと言っても和風な造りで、それも居心地がいい。

私はどちらかといえば、酒の肴は刺し身などの生ものが好きだ。
ナッツやジャーキーなどは全く好みではない。
しかし、この店に連れられて来てからは、少し嗜好が変わった気がする。
刺し身にできるほどの真鯛をわざわざ燻製にして、初めは「もったいない」と思ったものだ。
これが食べてみると、ねっちりとして生では味わえない歯ごたえがあった。
後味にスモークチップの香りが追いかけてきて、魚の旨味を倍増させている。
1枚の真鯛で何度も味が楽しめるのだ。
それを味わってからは病みつきになり、ふらりと足が向いてしまう。

「生ビールね」
席に着くやいなや、早口で注文する。喉が渇いて、気が焦る。
「.......はい」
店主がチラリとこちらを向いて、こくりと頷きうなずいた。
すぐにお通しが出される。
「音声燻製です」
「音声……燻製?」
私は聞き間違いかと思って、ゆっくりオウム返しした。
店主は調理服の袖をそっとたぐって、ふと笑った。
「牧田さん、これは初めてですよね?」
牧田というのは私の名前である。何度か来ているので、店主も名前を覚えてくれたようだ。
「あぁ、初めて見たよ。これは、何?」
「ちょっと特別な燻製なんですよ。まぁ、食べてみてください」
私は店主を伺いながら、恐る恐る箸を付けた。
……旨い! どう表現したらいいのかもわからない、初めての味だ!
私は思わず、前のめりになって店主に言った。
「これは珍味だね~! 何でできてるの?」
……なんだ? 誰の声だ? いや、私が言った言葉なんだが……。
私は何が起きたのかわからずに、店主を見つめる。
「え、なんだ? ど、どどどうなってるんだ!?」
なんと、声が子供のように幼くなっている。それも、声変わり前の……!

店主がカウンターに手をついた。私に顔を近づけてひそりと言う。
「キミは未成年だね」
何を言うのか。成人式は今年の1月に済ませた。
私は首を横に振った。
「このつまみは一見、魚の燻製に見えるが、特殊な養殖技術で育てた魚だ。これを燻製にすると、なんと食べた人が飲酒可能年齢かを判断できる」
私は落ち着かず視線をさ迷わせながら、店主のささやき声を聞いていた。
「燻製って外見は燻されて芳しくも古めかしく見えるが、中身は意外とレアだったりするんだ。服やしぐさでいくら大人を装っても、中身は10代なキミと同じだよ」
私は膝に置いた手を見つめる。成人式に買ったブランドスーツの袖が少しほつれていた。
「今は18歳で成人だけど、飲酒は20歳からなんだよ」

私は千円札を数枚置いて、スツールを降りた。
「お代はいらないよ。まだこれ1枚食べただけだからね」
店主がグラスを磨きながら言った。
私はまた首を横に振る。最後くらいカッコつけて帰りたい。
「わかりました。次いらっしゃるときのために預かっておきますね」
そう言った店主の声は、店内にしっかりと余韻を残す。
私は店主に向き直って、涙目で頷いた。
頼んだ生ビールが飲めるようになったら、また来ます。

<了>
(猛烈な文字数オーバーすみません)

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