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一人百物語 ~ほんとにあった私と私の周りの怖い話~ひとつめ

百物語、なんて銘打てるぐらいには、ほんとにあった怖い話を持ち合わせておりますので、ここらで一つ出し惜しみせず、思い出すままに公開しようかと思います。

ではまずは軽いものから。

私は超がつく程の田舎育ちでして、生まれは都市部だったのですが、小学校に上がる前の年に、その村に引っ越しました。
村と言いますが、村の中でもさらに外れ。
住所に「字」が付くところだったんです。
いまでこそ全国に知れ渡る有名リゾート地になりましたが、その前身時代のオープニングスタッフとして父が入社するための引っ越しでした。
こんなこと書くとわかる人にはわかるかな。まあいいや。

それは当時できたばかりのホテルに、仲の良かった数家族で泊まりに行った時の話です。
メゾネットタイプの客室に、5家族のお母さんと子供たちだけで、お泊り会のように一泊をしようということで、食べ物を持ち込んだりもして、ワイワイとパーティーのような夕食を囲みました。
お酒も少し入って、お母さんたちは羽を伸ばしているようでした。

そうなると子供たちは邪魔なわけで、早々に二階に行くよう促され、子供たちは二階の寝室スペースへと移動をしました。
二階への階段は家族向けのためか、幾分低めのステップになっており、安全のためかステップの下は空いていない仕様です。
子供でも簡単に登れるものでした。
高めの手すりの下は、ぎりぎり子供が通れないほどの幅で、等間隔に太い金属格子が縦に並んでおり、階下がしっかりと見える作りです。
子供は全部で10人。
私はその中でも一番の年長で、いつも必然的に子供たちのお守り役でした。
幸いにもみんなが懐いてくれていたので、さほどぐずることもなく、それぞれがベッドに入りました。
二段ベッドが4台とシングルベッドが2台。
二組の兄弟がそれぞれ一つのベッドを二人で使い、男の子が一人シングルベッドを使ったので、二段ベッドの上段一か所と、シングルベッドが一つ余りました。

こんな楽しい状況で子供たちがすぐに寝付くはずはなく、布団をかぶりながら顔を突き合わせてくすくすと笑いあって話したりしました。
下の階からはお母さんたちの話声や笑い声がはっきりと聞こえていたので、安心した小さい子たちも、いつしかうとうとし始めました。
見計らったように様子を見に来たお母さんの一人が、
「早く寝なさいよ」
と言って、ライトの光量を絞りました。
「消さないで―」
シングルベッドから女の子が言ったのに合わせて、みんなも電気を消さないでくれとお願いし、少し明るめの常夜灯ぐらいの光量の中、子供たちはひとまず口を閉じたのです。
「おやすみー」
口々に笑い交じりに言いあっては、しばらくしたら誰かが声を出して、それを誰かが注意して、そんなことを繰り返しているうち、ほどなく聞こえてくるのは寝息ばかりになりました。

子供たちに気遣ってか、お母さんたちの話声もひそやかな音量に変わり、時折グラスのぶつかる音が目立つほどの、静けさがやってきました。

なんとなく寝つけなかった私は、見るともなしに向かいのベッドを見ました。
ホテルの空調は少し温度が高めで、寝苦しいのか、布団をける寝返りの音がぎしり、ごそりとそこここから聞こえます。
私は二段ベッドの下に寝ていて、上には男の子が寝ていました。
向かいには女の子の姉妹が二人で、私の頭のほうの隣には男の子の兄弟が二人で寝ていて、女の子は全部で私を入れて3人だったので、あとは男の子たちが各々シングルベッドと二段ベッドの上下に散っていたはずでした。

ふと、私は違和感を感じました。

私の足元の隣には、男の子の寝ているシングルベッドがあります。
その向かえにはもう一台誰も寝ていないシングルベッドが。
さっき、電気を消さないでと言っていたのは…

「うわあっ」

階下から叫び声が聞こえて、お母さんたちがわっとどよめきました。
驚いた私と、向かいの上の段に寝ていた男の子が顔を合わせました。
「行ってみる?」
他の子たちが起きなかったので、私とその男の子は階段を下りました。

お母さんたちがどこかおろおろした様子で話しているところに、男の子は声を掛けました。
「どうしたの?」
「何でもないから寝なさい」
明らかに何でもない雰囲気ではありませんでしたが、お母さんの「寝なさい」は絶対です。
私たちはしぶしぶ階段を上ったのです。

「ねえ、あやちゃん」
男の子が私の服の裾を、ぎゅっとつかみました。
「ベッドに行くまで、手、つないでいい?」
「どうしたの?」
その男の子は、いつもはあまり手をつなぎたがる子ではなく、むしろ一人で走って行ってしまうようなタイプの子でした。
そしてこの子はシングルベッドで寝ている子の弟でした。
「お兄ちゃんのところやなんだもん」
「嫌?」
私はざわりと首筋が冷えるような気がしました。
そこはさっき私が違和感を感じた場所。
「手、つなごうか」
むしろ私が誰かの温もりが欲しい気がして、私たちは手をつないでシングルベッドの間を抜け、自分たちの二段ベッドへ向かいました。
心持ち早足になりながら。
怖かったので下を向いたままで。

男の子が上の段に上るのを見届けてから、私はシングルベッドのほうを見ないようにしながら自分のベッドにもぐりこみました。
さっきはうるさくて寝られないとすら思っていた、お母さんたちの声が、今は聞こえていてよかったとすら思います。
男の子も寝付けないのか、何度も寝返りをしているようでした。
それにつられてか、男の子の頭のほうの隣の上段に寝ている子も、何度も寝返りを打っているようでした。

誰かが動いている気配や寝息が今は心強く感じます。
私は怖いことにつながりそうな色々を考えないようにしながら、ぎゅっと目をつむりました。
いつしか私は、そのまま寝付いていたようです。

翌朝のことです。
「何かが落ちてきたのよ」
朝食のパンをかじっているとき、お母さんたちが話し出しました。
昨夜のあの叫び声の時の話です。
子供たちが寝ているからと、声を潜めて話し始めてしばらく。
3つのソファに二人ずつ座っていたお母さんたちは、お酒やお菓子をつまみながら、尽きない話に花を咲かせていたそうです。
すると急に、同じソファに座っていた二人の間に、一抱えほどの何かが落ちてきた、というのです。
二人ともどさりと落ちた音も、落ちてきたものが何か柔らかいものだったことも分かったというのですが、そこには何もないのです。
音はその場にいる全員が聞いたそうです。
気持ち悪いね、などと言いながら、そのまま帰り支度を始めました。

その場のお母さんたちも、子供たちの半分も、実は心当たりがあったのです。
でも誰もその場で口にしませんでした。

数年前、そのホテルで、子供が亡くなってしまう事故がありました。
その子が亡くなったのは、メゾネットタイプの部屋で、両親が目を離したすきに、手すりの下の格子の隙間から体をくぐらせたようです。
頭だけが通らず、両親が見つけた時にはすでに遅かったとのことでした。
当時その話は狭い村の中では瞬く間に広まり、知らない人はいないほどの出来事だったのです。
そしてその子は、女の子だったそうです。
あの時、電気を消さないでほしいと言った女の子は、今もシングルベッドを使っているのでしょうか。



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