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一人百物語 ~ほんとにあった私と私の周りの怖い話~ふたつめ

それは宿泊学習の時のことでした。

私の通っていた田舎の学校は、どういうわけが行事が非常に多く、宿泊学習が毎年ありまして、海とキャンプ場を一年ごとに交互に目的地としておりました。
その年はキャンプの年で、地元の山奥にあるキャンプ場へ、全生徒がバスで向かったのです。

そのキャンプ場にはたくさんのバンガローが建っており、生徒たちも夜はテントではなく、バンガローに寝袋で寝ることになっていました。
一棟当たり5,6人程度が割り振られ、一つしかない大きな窓は網戸はなく、大きなアブがいるので窓は開けられず、山奥とはいえ、夏のバンガローは暑くて寝苦しいものでした。

ところでキャンプでの夜のイベントと言えば、キャンプファイヤーと、肝試しです。
全員参加のキャンプファイヤーと違い、肝試しは自由参加でした。
とはいえ、バンガローに残されるのもヒマだし怖いので、結局はほぼ全員が参加するイベントではあるのですが。

まずはノリのいい先生が、このキャンプ場にまつわる怪談を話すところから始まります。
先生は、雰囲気たっぷりに話し始めました。
その年の話は、キャンプ場の奥にある、「泣く木」のはなしと、とあるキャンプ場で起きた、集団行方不明の事件の話でした。

思えばどちらも小学生に聞かせるにはハードな内容だったと思うのです。

「泣く木」は、道路の真ん中に不自然に立っている木のことで、そばには丁寧にそのいわれを説明する看板もたてているのです。
曰く、道路工事中に切り倒そうとしたら木から鳴き声が聞こえ、気味悪くなった工事関係者が工事を断念。
しかし工事を強行しようとした人たちがおり、その人たちには不幸が起こったために、以降その木を切ることはやめ、道路を迂回させた、というお話。

集団行方不明の話は、とあるキャンプ場で起きた未解決事件と言われる話。キャンプに来ていた大学生の男女のグループが、キャンプ場の外れに立っていた小さなお堂の一部を壊してしまった。
大学生たちはそれを通報することもなく逃げ、バンガローに戻ったようなのですが、そのまま全員が忽然と消えてしまった。
そして彼らが泊まっていたはずのバンガローの中は、真っ黒に焼け焦げていたとのこと。
不思議なことに外側は全くの無傷で、内部のみがすすで真っ黒だったという話。

…小学生に聞かせるにはハードです。
案の定、肝試しの前から脱落者が続出。
実際コースを回ったのは、私を含めた高学年の4組だけでした。
3人一組で、先生お手製の地図に沿って回り、4か所のチェックポイントでスタンプを集めるコースでした。
暗がりを進みながら、チェックポイントである電灯を回るコースはそれなりに恐怖をあおるものです。
山の夜は様々な音が聞こえ、風の音さえも雰囲気を出しているのです。
しかも今、先生の上手すぎた怪談話のために、そこここから子供たちのすすり泣く声も聞こえます。
泣いている子供が予想以上に多かったため、脅かし役の先生が急遽不在になりましたが、充分に肝試しの恐怖は味わえました。

予定とはだいぶ違う結果になりはしましたが、無事肝試しは終了。
生徒たちはそれぞれのバンガローへと向かいました。

私たちの組もバンガローへ入りましたが、やはりむっとした熱気がバンガローに充満していました。
一室ごとに与えられた明かりは、ランタン型のライト一つ。
低い天井にしつらえたフックにそれをかけました。
明かりにつられたのか、大きめの虫が窓をこつりと叩きます。
「やっぱりあっついねー」
女の子の一人がそう言って窓を開けました。
しかし風がないために暑さが和らぐことはありません。
「ドアも開けないと駄目じゃない?」
私はそう言ってドアを開けました。
すると両隣のバンガローでもちょうどドアを開け放しているところで、顔を合わせて暑いねと言い合って笑いました。

ほどなくして見回りの先生が声を張り上げながら近づいてきました。
「虫が入るから閉めろよー」
生徒たちの暑いという抗議は一蹴され、すべてのバンガローの窓とドアは閉められました。

やはり虫がこつりと窓にあたります。

仕方なく寝袋に入って横になるものの、すぐには寝付けません。
「ねえ、怖い話しようよ」
先ほどの怪談に味をしめたのか、すぐにみんなが顔を突き合わせ、話し出す態勢に入っていました。
暑さで眠れる気もしないので、私もその輪に入ったのです。
「私は眠いから寝るよー」
一人が窓の対面の壁に向かい合うようにして寝袋を移動し、ほどなく静かになりました。

こつりこつりと虫が窓にぶつかりました。

「寝つき良いね」
誰かが声を潜めて笑います。
「さっきの先生の話さ、私知ってるよ」
一人の女の子がそう話し始めました。
「あれ、ほんとの話だよ」
女の子は薄く笑いながら私たちを見回して、続けます。
「私のお父さんも言ってたの、あの話。昔ほんとにあったんだって」
怖いと言いながら、みんなの顔は笑っていました。
眠っている子がいたので、いくらか声は潜めましたが、くすくすと笑い声も漏れます。

虫が続けて、こつりこつり、こつりと窓を叩きます。

「なんかね、悪い事ばっかりしている人たちだったんだって。で、お堂を壊したのもわざとやったみたいだって」
バチかもね。
誰かが言ったのにつられて、何人かがバチだね、と笑いました。

こうこつこつ、こつ…明かりにつられるのか、虫がなんどもぶつかります。
やはり窓は閉めておくのが正解のようです。

「悪いことしたんだもん、しょうがないよね」
アハハと何人かが笑い声をあげた時でした。
「ちょっと、うるさいんだけど」
眠っていたはずの子が振り返って怒りました。
「あ、ごめ……」
「うわああああっ」
怒っていた子が窓を指差して叫んだのです。
私たちは窓を振り返りました。
口々に叫び声が上がります。
大きな窓一面に、無数の黒い手の跡が張り付いていたのです。

ばんっ

「やだあっ」
私たちは叫びながら壁際に逃げました。
ひと固まりになりながら、私たちの目は窓に釘付けです。

ばんっばんっばんっ

最早叫び声さえも出ませんでした。
ガラスが割れないのが不思議なほどの音で、手形は窓にたたきつけられます。
重なる黒い手のあと。
手、手、手、手、手…
目をつむって耳をふさいで、私たちは下を向いて恐怖に耐えました。
どのくらいそうしていたのか、いつしか私たちは気を失っていたようでした。

翌朝。
誰かが見て、と叫んだのに目を覚ましました。
すでに外は明るく、音はしません。
そして見上げた窓には、手形一つもないのでした。
大学生の事件はこのキャンプ場でのことではありません。
でも、笑った私たちに怒った彼らが、私たちのところまで来てしまったというのでしょうか。




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