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東京五輪男子サッカー準々決勝 ブラジル vs エジプト マッチレビュー

スタメン

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ブラジル 1 ー 0 エジプト

 2021年7月31日、男子サッカー準々決勝ブラジルvsエジプトが開催されました。ブラジルはグループ予選D組を2勝1分で首位通過、対するエジプトはグループ予選C組を1勝1敗1分で2位通過を果たしました。エジプトは予選をアルゼンチンと同勝ち点4で終えましたが、得失点差により2位通過が確定。優勝候補ブラジルが相手ともあって劣勢が予想されましたが、予選開幕戦ではスペインと引き分けるなど地力も備えています。

〇前半


ブラジルがボール保持、エジプトが耐え凌ぐ展開に

 キックオフからエジプトは5-4-1のブロックを組み、前線でのプレッシングをほとんど行わなかった為自然とブラジルがボールを保持する形に。攻撃時もWBをさほど高い位置まで上げずに前線3枚(#9タヘル、#14アハメド、#10ソブヒ)でほぼ攻撃を完結。「まずは無失点」を明確に感じる、守備に重きを置いた布陣を敷いてきた。

対してブラジルはすんなりとボールを持てた事もありガンガン攻撃を開始。両SBのD.アウヴェスとアラーナを大外高い位置まで上がらせ、2ボランチ+2CBの4人でネガトラ対策をおこなった。

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 ブラジルの攻撃において存在感が大きかったのがトップ下で先発した#20クラウジーニョ。所属するレッドブル・ブラガンチーノではかつて鹿島前監督ザーゴの下で成長を遂げ、一躍国内屈指の若手選手にのしあがった選手である。クラウジーニョが相手ボランチ脇、バイタルエリア、ハーフスペース等いたるところに顔を出してボールを引き出して起点を作る。WGが相手3CBの一角を外側へ釣り出せば、必ずその空けたスペースに走り込んでニアゾーン強襲を行うなどまさに攻撃の主役へと躍り出た。

またエジプトは自陣深くで構えるものの、隙が無かった訳ではなかった。5-4-1の中盤右翼を務めた#9タヘルは守備を疎かにしがちで、正直に言ってしまえば「アリバイプレス」と言っていいようにジョギングでのプレーが目立つ。ボール奪取後のポジティブ・トランジション用に消耗を抑えていた、と見ることもできるものの・・・ブラジルは前半においてタヘルの周囲で橋頭保を確立。自陣での守備ながら#12タウフィク、#13エラキは守備での消耗をかなり強いられていた印象だ。

可変システム採用のブラジル、守備時は4-4-2へ

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 エジプトがボール保持に成功すると、ブラジルは自陣に引いて4-4-2ブロックへとシステム変更。クラウジーニョが左翼へ開き、#10リシャルリソンが2トップの一角へと絞っていく。エジプトはボール保持攻撃といえどWBを高い位置まで上げることはさほどなく、WGを務める#9タヘル、#10ソブヒに縦パスを送って彼らに1対1を仕掛けさせるのがメイン戦術。#9タヘルは#6アラーナに対してマッチアップで若干押され気味だったものの、左WGソブヒは#13D.アウヴェスと互角の良い勝負を演じる。前半エジプトにおける攻撃の中心は#10ソブヒの個人技、アイディアに依存することが大きかった。

 WBを上げにくい理由としては、3CBの機動力にもあったとは思う。フィジカルコンタクトには優れる#4ガラル、#6ヘガジ、#18M.ハムディらだったが、シンプルなスピード勝負では苦戦。90分通して、スピードに乗ったブラジルアタッカー陣に追走できず抜け出されるシーンは非常に多くあった。つまり、エジプトが相手陣内深くまで攻撃できている間、常にバックラインではネガトラに不安を抱えた状況にもなっていたのである。

球際に強いエジプト、スペース管理に苦戦

 エジプトは3CBをはじめ強靭なフィジカルを備えた選手が多く、単純な球際での競り合いではブラジルに後れを取らなかった。#2A.ハムディは鹿島の三竿を彷彿とさせる素早い寄せが特徴的で、長距離スプリントを苦にしない素晴らしいファイターでもあった。

ただブラジルの攻撃を受け止めるのに苦戦を強いられたのが、自陣内に生じたスペースの管理・対応である。フラットな5-4-1を並べるまではいいが、縦横のライン間に顔を出してくる選手に対して「誰が」「どう」対応するのかは曖昧だったようにも。先述した#9タリクの影響もあり、ところどころ生じた綻びをシステマチックには埋めれず”とにかく人数でレーン埋めればなんとかなるやろ!!(タリクほんま)”の精神で凌いだ印象だ。少なくとも、ゴール前をスカスカにしてしまい、フリーでシュートを打たれるシーンだけは避けることが出来ていた。

チャンス自体は作れるものの、決定機までは至れないブラジル。要因としては、やはり深く陣取られた5-4-1ブロックを前に、アタッキングサードでスペースと時間を作る点では苦労が滲む。いくらブロックの外側で時間を作ろうとも仕留めるのは困難であり、スピードを活かした攻めをしようにも加速するだけのプレーエリアが見当たらなかった。

エジプトに突き刺さった電光石火のカウンター

 ブラジルは「スピードを上げるだけのスペース」、そしてシュートを振り抜けるだけの「ゴール前での時間」が不足して点を取れなかった。では、ブラジルのそれらが解決されたらどうなるか?その答えが、37分自陣ゴール前での守備から打ち込んだロングカウンターによって示された。

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 エジプトとしては数少ない、ブラジルゴール付近まで侵入できたシーンから試合最大のピンチが訪れてしまった。PA内でのファウルがあったと数人のエジプト選手らが主張し足を止めた事でそのシーンが始まる。広大なスペースがあるといち早く認知したクラウジーニョはGKサントスがキャッチングする前から走り出していた。

スピードを上げるのに十分なスペース、エジプトが即時迎撃ではなくリトリートを選んだことで前進の時間も確保。突然始まったビッグチャンスを逃すことなく、ブラジルは#9クーニャの一撃で先制点をモノにする。

〇後半


反撃に転じるエジプト、しかし足枷が

 後半開始、なんとしてでも点を取り返さなければならないエジプトは前線からのチェイシングを開始。足並みをなんとか揃えて前線3トップが追いかけるものの、なかなか後続が続いてこない。それでもエジプトは立ち上がりから前線で起点を作りいざ反撃を!!と思った刹那、立て続けにブラジルのカウンターを喰らってしまう。46分、47分と短時間で強烈なカウンターを受けたエジプト守備陣はそのメンタルに凄まじいプレッシャーを感じた事だろう。失点シーンをまさに思い出したのかもしれない。前線に比べると、後方の足取りは非常に重たかったように感じた。

 前はボールを追い、後方は足を止めカウンターに備える。自然と間延びした距離感をたった2人のボランチ#12タウフィク、#2A.ハムディで繋げるはずもなく・・・エジプトの反攻作戦は非常にハイリスクなものとなってしまった。

上手く試合をコントロールしようとするブラジルにもアクシデントが発生し、#9クーニャが50分にハムストリングを負傷。一時プレーに戻るものの54分に#7パウリーニョと交代した。61分にはエジプト指揮官アブデルアールも交代カードを切り、2人を同時交代した。

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 前半から縦の推進力を見せていた#2A.ハムディを右WBに据え、最前線にはよりアタッカー色の強い#7モフセンを投入。モフセンは裏抜けを得意としたストライカーのようで、しばしばブラジルCBとの駆け引きを制してラインブレイクを見せていく。ボランチにも#15アシュールを入れたものの、ライン間の間延び問題を解決するには至らず。その点は課題を残したままとなった。

終盤にさしかかり存在感を増すレジェンド

 両軍交代カードを切り、ブラジルは継続を、エジプトは変化を狙ってきた。ブラジルも流石に後半半ばに差し掛かると足が鈍る(プレスが緩む)瞬間が見え始め、なんとか掻い潜って#7モフセンらにシュートチャンスが訪れていく。が、疲れているのはエジプトも同じ。#10ソブヒは前半から攻守に大きく貢献していたこともあってか消耗が特に見え始め、その疲れは守備時に顕著に表れた。得点のため、というよりプレスバックする体力がないためか攻め残りをするエジプト3トップ。そしてこの状況を、現役最多のタイトルを獲得しているブラジルのレジェンドが見逃さなかった。

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 攻め残るエジプト3人に対してブラジルも4人を残しカウンターに備えつつ、#13D.アウヴェスを前方に押し出してフリーマン化。エジプト左WB#20フォトゥーフを#11アントニーがピン留めしつつ、右ハーフスペースを根城にアウヴェスが攻撃の起点として機能。#15アシュールが中央からケアしにくればクラウジーニョへのパスコースが開き、フォトゥーフが迎撃にくれば大外アントニーを使うもよし、マークのズレで生まれたスペースを突くクラウジーニョを使うもよし。エジプトとしてはすぐにでも修正を施すべきだったとは思うものの、次の一手に踏み出せない。攻撃シーン自体は活性化できていたのもあり、「肉を切らせて骨を断つ」と判断したのだろうか・・・背に腹は代えられぬが・・・。

 ゲームを優位に進めながらも追加点を奪えなかったブラジル。徐々に追加点<無失点を重視し無理な突撃、突貫を行うことをやめてリスク管理を徹底。疲労を見せ始めたクラウジーニョ、アントニーらを交代させつつリードを保って試合時間を進めた。

エジプト、捨て身の攻撃!

 試合も終盤に差し掛かり、ブラジルは残り時間をノーリスクで終わらせようとゲームテンポをスローダウン。無理に1対1を仕掛けることも、強引にパスを通そうとすることも減っていった。その状況を見て、アブデルアール監督は勝負手を打る。

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 最前線に長身のターゲットマン、#21マンシを入れ火力up。ボランチにはこれまでどちらかと言えば守備的なタイプを入れていたものの、動ける司令塔タイプの#8マハールを投入した。彼が中央でボールを捌き、運動量の落ちてきたブラジル陣の揺さぶりにかかる。と同時に、もはやへろへろに近い#10ソブヒを右WGへ、#7モフセンを左WGに置いてアウヴェス対策。ソブヒを代えなかった理由はわからなかったが、主将で精神的支柱である彼の重要性と一瞬のアイディアに賭けたのだろう。

 87分には#8マハールを中心に攻撃を展開、バイタルエリアをこじ開けるなど明らかな改善が見られたものの流石に時間が足りず。ブラジルもボールを奪えばパス、パス、パスと省エネで時間稼ぎ。そのまま試合が終了した。

総括


 90分トータルの完成度でいえば圧倒的ブラジル優位ではあった。が、多くの苦悩を抱えながらも戦い抜き、終盤まで一矢報いようと走り続けたエジプトもまた見事だった。エジプトは決定的なシーンこそほとんど作れなかったものの、途中投入で入ってきた#7モフセンや#8マハールらを始め多彩でユニークな選手も多かったと思う。

 個性の強さで言えばブラジルも同じようなものだが、より洗練された...インテリジェンスを感じたのは彼らの方でもあった。選手個々人が戦況を読み取り、必要な時間帯に必要なことをやり遂げる”暗黙知”のようなものが確かにそこにはあった。クラウジーニョのように、王様として振舞えるほどの技巧とセンスを備えながらもあくまで利他的な「組織の中の個」を体現できる選手の多さが、彼らにとっての強みでもあるかもしれない。途中交代で入ってきた#7パウリーニョ、#17マウコン、#19ヘイニエル、#2メニーノらは入ってすぐゲームに溶け込んでいた。そして投入時とは異なるタスクを時間帯でこなし対応していたように見えた。

 趨勢通りにブラジルが準決勝に駒を進める結果となったが、1点差が示す通りエジプトにもチャンスはあった。それでも勝ち切る、勝ち切るために何が不必要かをピッチで体現するのがブラジルから感じ取った「強さ」だった。

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