アクセルの意気地記 第6話 その日

その日、私は休みで、ピーさんも休み。こと子を保育室に預けて昼くらいまで、超久々に映画にでもでかけようか、と前日打ち合わせていた。しかしピーが体調を崩して床から起き上がれないほどだった。こと子は昨日から下痢しているし、ピーの苦渋の声を聞いて、私はこと子を保育室に預けるのも止して今日は1日子守りに専念することにした。

冷凍の食パンを焼き、耳以外の柔らかい部分とスクランブルエッグをこと子に食べさせた。私も適当に朝メシを済ませ、昨日の風呂水で洗濯機を回した。こと子の腹下しの影響でシーツも洗わねばならず、結局2回に分けて洗濯した。風呂水給水ポンプをセットしたり洗濯の終わった衣類を干したりする間も、手持ち無沙汰のこと子はずっとグズっていて、これではピーが安らかに休めないと思い、洗濯物を干し終えるとこと子を北原児童館に連れて行った。

児童館には家庭では抱えきれないくらい様々なおもちゃがあるので、まだ言葉を話せないこと子を遊ばせるには最適である。見たことあるようなおもちゃや見たことないようなおもちゃで遊ばせていると、保育室の先生と園児がやってきて、あら、コッピがいるよ、と先生が言うと、園児3人も順番に、コッピだ、コッピ、コッピと言って近づいてこと子に触ったりした。

私は普段、保育室でこと子がまわりの園児にコッピ、コッピと言われて可愛がられてるのか、と思うとじーんとした。こと子は保育室で1番年下で、他の子らは話せはしないけど、単語を発話できるくらいなのだ。コッピというのは普段私とピーがこと子の呼称として使っているのだがそれが保育室でも浸透してるらしい。

園長先生に今日妻が体調を崩して家で寝てる旨と明日からまたよろしくお願いします、ということを話していたら、お喋り好きの先生は子供たちを器用に遊ばせながらも、逆に私にいろいろ聞いてきた。話の流れで私が音楽を、というかバンドとかギター弾語りなんかをやっていて、ということをカミングアウトすると、あら、と驚いて、私も最近ウクレレを練習し始めて、とカミングアウト。ウクレレでそれこそ園児たちと唄えるようになれれば、と練習しているらしい。それなら、お別れ会の時に是非何か歌ってくださいね、と社交辞令をもらう。

昼食のために家に戻るとピーは依然床で固まっている。メシを作りこと子に食べさせ、オムツを替え、午後はまた別の、駅寄りの児童館に行ってみる。ここは1度ピーと行ったことがあるので勝手は分かっている。平日の昼に父親がこういう場所にいるのは珍しいので、他のママ達に声をかけられたりしながらこと子を遊ばせる。同じ月齢だという女の子でもハイハイができない子がいて、こと子の突進するようなハイハイを見てその子のお母さんに羨ましがられたが、逆にその子は下の前歯が綺麗に2本生えている。こと子は歯がまだ生えない。幼児の成長は人それぞれというが、なるほどと感心した。

閉館間際に保護者を交えて、児童館のスタッフの先導による、みんなでお遊戯の時間がある。その直前に「ゲンさんですか?」と私にあだ名で声をかけてきたお母さんがいた。私は驚き、顔を拝見し、どこかでお会いしたようなしてないような、心許ない気持ちで、え〜と?と、頼りない返事しかできない。
「Hです。マユちゃんの結婚パーティーの帰りにお話しした…」
私の脳裏に確かにその時の記憶がおぼろげながら蘇ってきた。私は失礼を詫びて、それからしばらく近況を交わした。Hさんは1歳の男の子を遊ばせていた。まさか、こんなところでお会いするとは。全体、世間は狭いものだ、また感心しているとすぐにみんなでお遊戯の時間に突入し、話しはそれきりになった。

児童館のベテランスタッフが、音楽の先生顔負けの美声で歌を歌ったり、踊ったりしてくれるのを、私もこと子を操りながら真似た。こと子はまだ訳が分からないので、他の幼児が静かに座ってベテランおばちゃんのお話を聞いてる場面でも構わずハイハイでおばちゃんのもとに突進するので私は何度も立ち上がって連れ戻さねばならなかった。

帰り際に、またHさんに挨拶して私は駅の方面に向かった。私は数日前から妙にバッティングセンターに行きたい気分に侵されていて、駅の南口にあるバッティングセンターに急激に行きたくなったからだ。

映画かドラマか、はっきり覚えてないが、過去にお父さんかお母さんが赤ちゃんを背負ったままバッティングセンターでバッティングをするシーンを何かで見た気がしていて、それを実現させようと思ったのだ。南口のバッティングセンターは私の実家の近所で、テニスコートが併設されたちょっとしたスポーツ施設で、私がガキの頃からあり、私はそこで何度もバットを振り回したものだ。

懐かしいな、と思いながらバッティングしているお客さんのところまで行き、少し観察してみたが、いや、これは、やっぱりこと子を背中に背負ったままでは無理ではないか、と弱気になった。こんなことで万が一ケガでもさせたらピーさんに会わせる顔がない。私はもう一度自分がバットをスイングする感じをイメージしてみたが、やっぱり危ないにキマッてる、と思い直し、受付のにいちゃんに怪訝な目を向けられながらも諦めて立ち去った。

帰宅すると6時近くなっていて、依然ピーは床で寝ている。こりゃ夕飯も自分がやらねば、そういえば昨日、冷蔵庫に手羽元と鯛が買ってあるから、と聞かされていて、手羽元はゴボウと梅煮にしたい、というピーの計画も聞いていた。私はピーの期待に応えるべく手羽元とゴボウの梅煮、そして鯛はタイ飯、それに味噌汁を作ることにしてまた台所で奮闘。

こと子はつまらなくなってぐずり出し、見兼ねたグロッキーのビーが床寝のまま授乳してくれたりしておとなしくなったが、またこっちに戻って来てグズったりして、途中抱き上げてご機嫌とりをしたり、煮物を煮てる間に風呂を入れたり、それはそれは大わらわ。しかも今夜は久方ぶりのバンド練習が控えていて、段々時間に追われ出し、バタバタとこと子と風呂に入り、慣れない1人子守り風呂を遂行し、ゴハンを食べさせ、自分も食べて、後は頼むとピーに託して家を出た。原付に乗りながら、世間の母ちゃん達は毎日これを1人でこなしてるんだもんな、ホントすごいよな、それで夜中は何度かおっぱいまであげて、ホントにすごいよ、マジリスペクトだな、と思った。

赤い疑惑のスタジオは約半年ぶりであった。いつものように集合して練習が始まるまで20分くらい世間話。ギターを握り、歌ったり叫んだりしてやはり楽しい。数曲復習して休憩。同じく子育て中のクラッチに今日は1日子守で大変だったよ、風呂を1人で入れんの大変じゃない?などとこぼしてみると、「そう?オレ、1人で風呂は平気かな…」と同情してくれないので悔しかった。股ぐらに子供を座らせてその間に自分も洗って、と手順を教えてくれたので、悔しいながらも私はなるほど、と相槌を打った。

練習が終わりスタジオの店長と久しぶりにお喋りした。バイトのスタッフが知らない若者に代わっていた。クラッチ、ブレーキーと別れ帰宅すると寝室は静まり返っていて、無事2人とも寝ついたようで安心した。

その日から幾度か、私は悔しいので1人子守風呂を積極的にこなし、もうお手の物である。

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