アクセルの意気地記 第27話 遊ぶ

私の仕事が終わって田無の小さな自宅に帰るのは大体20時〜21時頃である。遅い時は22時前後になってしまうこともある。

家に帰るとこと子とピーさんが待っている。私が帰る頃には夕飯の準備をしていたり、夕飯を先に食べていたり、ダラダラしていたりする。こと子は1人で遊んでいるか、携帯かアイパッドでアニメなどを見ていたりする(こと子は最近「ねえ、アイパッドでネットフリックス観たい」なぞと言うのである!)。

映像に縛られず1人で遊んでいるだけの時は、私がドアをガチャリとやる音や気配で玄関まで「父ちゃん!」と元気よく言いながら迎えてくれる時もあり、それは至福の瞬間であるが、携帯やアイパッドに縛られてる時は一切姿を見せない。お帰り、も言ってもらえない。こと子が出てこないと寂しいのだが、それよりも既に携帯やアイパッドの中毒になっている事実たるや。

明らかに目が悪くなるだろうし、見始めると終わりがなくなるから30分とか1時間とか制限を設けるのだが、「時間になったら終わりだよ」と言い聞かせ、「うん!」と約束を交わしても、時間が来て携帯なりアイパッドなりを取り上げると取り乱して泣き始める。泣き方が本気なので閉口するが、改めて映像の中毒性の高さに驚嘆する。

私が帰宅して夕飯を食べ終わると一服して皿洗いに突入する。皿洗いは私の使命である。であるが、このタイミングでこと子が「お父さん遊ぼう」とやってくることがある。というか映像を見てない時はそういう流れになる。1度遊んでやると、(夕飯の後は父ちゃんが遊んでくれる)と脳みそにプログラムされるのだろう。

通常、私は皿洗いの後風呂洗いをしたりピーさんと、こと子の風呂入れを分担したりするのだが、皿洗いは2人が床についた後に回してもいいのである。後で確保される予定の自分の時間が削られるだけである。ただ、その自分の時間が尊いので、できるだけはやく済ませてしまいたいが、「遊ぼう」と誘われて、それをシカトしたらこと子との日々の貴重な触れ合いの時間はなくなってしまう訳で、私は皿洗いを止めて遊ぶことにするのである。

まだこと子が2歳の頃は、一緒に遊ぼう、と言われてもどういう遊びができるのだか皆目見当がつかなくて、私も難儀した。私にしてみれば何でもかんでも初体験なのだ。

こと子がオモチャを転がして畳の部屋と台所、玄関、そしてまた畳の部屋、という具合にグルグル回る。私も後をついていくだけだったり、同様にオモチャを転がしてみたりする。

「次は何しようか?」とこと子が言う。私は何も思いつかないので、う〜ん、と唸る。じゃあ、滑り台しよう、と言う。これは私が椅子に座って上半身を逸らし、下半身も棒にして斜めに伸ばし、こと子を持ち上げて真っ直ぐになった私の身体を滑らせるのである。滑走距離は50cm程度だが、面白い、もう一回、と言って喜ぶ。

バーチャル滑り台にはもう1つパターンがあり、それはぐちゃぐちゃにになってる掛け布団の上に乗って高くなってるところから低くなっている方に滑るのである。滑ると言ってもぐちゃぐちゃの掛け布団の上は物理的に滑らないのである。どうするかというと滑らずに「シュー!」とか言いながら足と膝で尺取りながら進むのだ。「ハイ、じゃあ次はトトの番ね」と必ず言われるので、私も同じことを真似してやるのである。これを何セットか繰り返したりする(大抵同じことを何回も繰り返すのである)。

「ボールぽんぽんしよう」というのもある。これは分かりやすくていい。風船の時もあれば、どこでいつ入手したのか分からない柔らかいミニバレーボールの時もある。初めは風船を優しくポンと飛ばしてやっても受け取ることすらままならなかったのが、いつの間にかキャッチできるようになった。凄いじゃん、と褒めると得意気な顔をする。

初期の遊びで印象に残っているのは「わぁ、しよう!」とこと子が言っていたところの遊びだ。何のことかと思い、何が始まるのかドキドキしていたが、正解はしゃがんでから、「わぁ!」と元気に声を出し、手を広げながらジャンプして立ち上がるだけであった。これは数えるくらいしかやらなかったが、私の心に残っている。一緒にわぁした時の屈託のないおかしさが忘れられない。

こと子が3歳になってからは口が達者になって遊びのバリエーションが広がってきた。コミュニケーションの幅が広がると父ちゃんは俄然楽になってくる。そしてこと子は最近ままごと期に突入したようだ。

おままごと、というと幼児の遊びの典型でイメージは昔から変わらない。ただ、オレは男子だったのだからおままごと的な遊びは記憶にない。私はやり方が分からないがこと子のセリフに相槌をうったり答えていたりすれば及第のようだ。

こ「何屋さんですか、って言って」
私「何屋さんですか?」
こ「ジュース屋さんよ。何にしますか?」
私「うーん、オレンジジュース」
こ「オレンジジュースは売り切れです」
私「えー、じゃあ何があるんですか?」
こ「桃のジュースならあるわよ(こと子は、さほど食べたことないのに桃贔屓である)」
私「じゃあ桃のジュースお願いします」
こ「はーい(後ろを向いて両手を動かして何やらやっている)。ハイ、できましたー」
私「わーい、はいお金。うーん美味しい!」
こ「どう?甘くて美味しいでしょう?!」

これが1セット。この次は私がジュース屋さんになる。それでそのままこと子が飽きるまで繰り返すか、私が、あ、お風呂止めに行かないと、なぞと言って無理矢理終わらせるかどうかである。ジュース屋さんの他にアイス屋さん、お医者さん、美容院、というバリエーションがある。

私は子どもができるまで子どもの扱い方や遊び方が分からず苦手意識の塊だった。しかしこんな風に実際育ててみると、意外と簡単で、遊び方が分からない時は子どもに聞けば教えてくれるのだということが分かる。なーんだこんなもんなんだ。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?