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本を媒介にした対話を通して、ものの見方を変える「読書体験会」

昨年末、「人の顔した組織」(東洋経済新報社刊)という本を出版しました。それを知った旧知のアカデミーヒルズ担当者から、その本の読者会をライブラリー会員向けにやりませんかとのお誘いを受けました。
 
大変ありがたいお話だったのですが、どのような読書会をしたいのか、すぐには思いつきませんでした。
 
それまでコロナ禍で他者と直接会う機会が激減したこともあって、いくつかのオンラインでの読者会に参加しました。そのスタイルは、二つに分かれまます。
 
1)共同読解型:参加者みなで、対象となる本の読解を深めることを目的とする。参加者それぞれが、理解しづらかった点や納得できなかった点を提示し、他のメンバーがそれに対して解釈や意見を述べるという進め方
2)専門家解説型:対象となる本の内容に精通した専門家が解説し、それに対する参加者の質問に専門家が答えることで、参加者の読解を促進することを目的とする
 
どちらも、本の深い読解を目的とするのですが、専門家がいるかどうかに大きな違いがあります。2)の例に、私が参加している「道徳形而上学原論」(カント著)の読書会があります。カントの研究者である某大学教授の解説があって、初めて読み進めることができます。正直に言いますが、解説がなければ質問もできないくらい難解です。でも、先生の解説のおかげで質問も湧き、その回答をうかがうこともできます。当然のごとくページは遅々として進みません(2時間で3ページとか)が、終了時点では少しは理解できた満足感があります。
 
1)のタイプは、参加者のレベルがフラットなので、みんなで助け合って少しずつ正解に近づくような楽しさがあります。ただ、時に理解するための答え探し(著者の意図とか)のようになってしまい、せっかく多様な参加者がいるのだから、もっと他の参加者の異なる見方などをぶつけあえたら刺激的なのにな、と思うこともあります。
 
 
さて話を戻し、拙著の読書会はどうあるべきか?
今回は、著者(私)がファシリテートすることが特徴です。とはいえ、専門家解説型とするほど難解な本ではありません。何より私は専門家とは言い難い。

では共同読解型か?それも違う気がします。一応著者ですから、読解を助けるために疑問には答えられるでしょう。でも、それだけでは私自身はあまり楽しくない。「ここの表現がわかりにくかったかな」、「この視点が欠けていた」など、著者としての反省材料は得られるかもしれませんが、参加者とのインタラクションはあまり生まれそうもありません。この本を執筆する中で、ますます人間への興味が湧いてきて、もっと人間の多様な面をみてみたくなりました。そのためには、内面に根差した対話が効果的です、
 
どういう読書会にするか、結構悩みました。
 
そして、閃いたのです。
目的を変えよう、と。
・本の読解が目的ではなく、読書会を通じた参加者の学びを目的とする
 
では、読書会から生まれる学びとは?
・本の情報をインプットし理解しただけでは、学びにはならない
・学びとは、その後のものの見方や考え方が変化し、思考や行動が変わること
 
では、どうすればものの見方や考え方が変化するのか?
・自分自身のものの見方や考え方を客観視できて、初めて変化のきっかけが掴める
 
では、どうすれば自己を客観視できるか?
・他者の、自分とは異なるものの見方や考え方に接することで、自己を客観視できる
 
では、どうすれば多様なものの見方を言語化し、対話の俎上にあげることができるか?
・人はある強い刺激に触れたときに、それと過去の経験を結び付けて把握しようとする。その結びつきは、その人独自の経験に裏打ちされたものの見方の反映でもある
・そもそも、なぜそこに強く刺激されたかの理由にも、同様に経験に基づくものの見方が反映されている
・強く刺激された理由を深く考え、その理由とその根底にある経験を言語化できれば対話の俎上に乗るのではないか
 
このように、本(テキスト)のある部分から触発(強い刺激)されたこととその理由を、自分の経験と紐づけした上で他者と交差することで、客観視して学びが達成されると考えました。共通の本を媒介に、多様な他者とそれぞれの経験を交差するという体験を通して学びを達成する会、つまり「読書体験会」をしたいと思い至りました。著者である私自身も、参加者と一緒に学ぶことができます。また、本の内容を熟知している著者だからこそ、参加者の経験を「引っ張り出す」はたらきかけができると思いました。
 
こうして読書体験会のコンセプトが固まりました。運営面は、体験を活発にするために、
・参加者は5~8人で、できるだけ多様な人の集まりとしたい
多様性が高ければ高いほど、自己客観視に役立ちます。ただ、あまり人数が多いと、一人ひとりの経験を語る時間が取れなくなります
・参加者は、本(各回の対象パート)を熟読してくることを必須とする
なぜその人は本のその箇所に触発されたのかを深く理解するためには、聞き手もその部分を読んでいる必要があります
・一回1.5時間で月一、それを三か月続ける
350ページを超える分量なので、三回くらいに分ける必要があると考えました。読書の負担を考えると、月一回が適当かと
・オンラインでなく、リアルで顔を合わせて実施する
オンラインで経験を掘っていくのは難しいです。語るときの微妙な表情の変化など、リアルでないと受容できない情報が重要だからです
 
 
こうして告知ページが完成しました。

 プロモーションのために、私と若手哲学者谷川嘉浩さんとの対談動画まで作成していただきました。(谷川さん、ご協力ありがとうございました。)
 
そしていよいよ、開催当日。

●第一回(5/25)
年齢層も職種や所属組織の特徴や性別も多様な、5名の参加がありました。
冒頭で以下の図も使って、「読書体験会」の趣旨を説明してから開始しました。


結果はいかに?
残念ながら、あまりしっくりきませんでした。以下は、振り返っての反省点です。
 
・告知文には、仮の「問い」は記載しましたが、それにとらわれず参加者に自由に発言してもらいたかったので、発言のガイドはほとんどしませんでした。著者である私の発言に影響されてしまうことを懸念したからです。そのためか、本の内容とはあまり関係のない観点からの、組織上のお悩み相談会のようになってしまいました。まあ、他の参加者からの貴重なアドバイスもあったので、それはそれで満足はしていただけたと思いますが、必ずしも本を読んでいなくても対話出来てしまう内容だったと思います。
・上記のように自由な発言を促すため、椅子のみをサークル状に並べて座るスタイルとしました。机がないため、本を開くこともメモを取ることもしづらく、本の内容との紐づけは難しくなってしまいました
・私の役割は、「進行役+同じ目線の参加者」としました。できるだけ、背後に隠れようとしたのです。誰かの発言を質問などで「掘る」ことはしましたが、発言と発言を「つなげる」ことは、あまりしませんでした。それをすると、私が前面に出過ぎてしまうように感じたからです。しかし、私の存在意義が少し中途半端になってしまった気がします。
 
 
終了後、アカデミーヒルズ担当者と改善案を相談しました。ポイントは以下の3点です。
・参加者の皆さんはそれぞれ言いたいことはたくさん持っているので、もう少し私が前面に出ても問題ない
・自由でオープンなことにさほどこだわらず、もう少し「構造化」した進め方とする
・本への紐づけを意識する
 
 
●第二回(6/22)
今回は机も用意、席をロの字型に配置し、お誕生日席に私が座りました。
 
そして冒頭に、前回同様の「読者体験会」説明に加え「本日の進め方」を提示しました。


進行は章ごとに(第5~7章)、時間を区切って進め、その章で触発された部分のページを指し示しながら語っていただきました(体験1)。電子書籍で読んいでる人は、紙の本とは少しずれるのが少しやっかいでしたが、全員が本の該当箇所を参照することで、対話がスムーズに運びました。
 
あまり経験に紐づかない発言には、私が「それはどのような経験に基づいているのですか?」とあえて問いかけることにしました。また、ある人の経験に基づく発言に対して、他の方に類似の経験を問うようなことも意識して行いました。「つなぐ」ことを、あえてしたのです(体験2)。
 
そして、最後に本日の学びを各自に語っていただきました(体験3)。研修では定番ですが、前回はあえてしませんでした。やはり最後に自分の言葉で語り、他の人に聞いてもらうことは大切です。
 
こうした変更は、功を奏したようです。
参加者の皆さんから、各章ごとに学びや気づきがあったとの声も寄せられ、手ごたえを感じました。
 
そうして、同じフォーマットで、第三回(7/20)も無事終了しました。
参加者と一緒に体験を重ねる(その中身はそれぞれでしょうが)感覚を得られた気がします。
 
本はあくまで材料であり、そのどこに触発され何を感じるか、また他者のそうした体験から何を感じるか、さらにそれらの体験を通じて自己を客観視し、その上で世界の観方を変える、そんな体験に少しでも近づけたなら嬉しいです。

今回は何事も初めての体験で、試行錯誤ではありましたが、フォーマットがある程度できました。これも、多様な経験を積み、本音で対話してくれた参加者のおかげです。ありがとうございました。今度は、拙著以外の本でも試してみたいと思います。


おまけ:タイトル写真は、明日7/29に閉館してしまう岩波ホールに掲示されている過去上映作品のチラシの一部です。ここでたくさんの学びを得た気がしています。深謝。


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