見出し画像

『天使と眠る - Angel fall asleep -』(未完)

《登場人物》
棚部セイ(たなべ せい)
天使


セイ&天使 『天使と眠る - Angel fall asleep -』


セイ  愛し方も愛され方もわからない。できないことがあったら、まず真似をしてみる。勉強も料理もスポーツも仕事も。まずは誰かの真似から。だから、人を愛することも、真似事から入った。

どうしてもわからない。いろんな人を付き合っても、私の愛は、毎回崩れる。

人は、私のことを嘘くさいと言う。けどこの嘘が私にとっては本物で、嘘が私で、私が嘘で。いつしか、感情は途方もない細波の中へ消えていった。


  ※


セイ  静けさに包まれた、誰もいない彼は誰どき。曖昧な空の色。滲んだ模様の街並みを歩いていた。

思い出す。昨日は一晩中、彼女の話を聞いていた。一言一句逃さないように聞いて、そして別れを切り出された。部屋に呼び出された時から予感はしていた。 別れる前の匂い。覚える程には逢瀬を重ねてきたらしい。それは自分の形は歪で、誰の形にも嵌まらなかった証とも言える。

淀みなくあふれる声、言葉、涙。何をしたってもう手遅れで、差し伸べられたはずの私の手は、身体にぶら下がったまま沈黙している。

彼女の瞳に私はどう写っているのだろう。涙でぼやけて、もう、人の形をなしていないかもしれない。黙って話を聞いていると、「最後まで優しいんだね、最悪」と突き放すように彼女は言葉を放った。

感情を露わにする彼女は、あこがれるくらい美しかった。その情念に殺されたいとすら思った。

記憶は、そこで途切れている。


  ※


セイ  ぶれる視界。ふらつく身体。ぎこちない歩行。寝不足なのか、それとも思ったよりダメージを受けているのか…。ともあれ、家に帰らなくてはならない。しかし今、自分がどこにいるかわからない。この辺りは週に一度はきているはずなのに、スーパー、自動販売機、花屋、ランドリー。何一つ見当たらない。

すこし休もうと道の端に座り込んでいると、そよ風にのって声がした。そして声の方向を見るより先に、白い羽が目の前を通り過ぎた。


天使「ねえ。お姉さん。大丈夫?」

セイ「てん、し…?」


セイ  そこには、白い翼を背負った少女が立っていた。


天使「何かあったの?」

セイ「え? ああ、ちょっと休んでるの。ごめんね、こんな道端で…」

天使「いや別に、座るのは自由だけど。お尻ついて冷たくない?」

セイ「大丈夫。時間が経てば体力回復するから」

天使「…そのままでいたら、助からないよ? たぶん」

セイ「え? なんで?」

天使「だって、血……」

セイ「ち?」

天使「おなか、真っ赤だよ。出血してる」

セイ「え? え? なんで……?」

セイ  視線を落とすと、たしかに脇腹あたりが赤黒く染まっている。 傷口から流れた血でペンキが飛び散ったみたいに服は汚れていて、 転んだでは済まされないほどの状態だった。

天使「なんでって、こっちが聴きたいくらいよ。痛くないの?」

セイ「…うん、痛みは感じない。こんな傷ついてるのにも、気づかなかった。…びっくりは、してる」

天使「……そう。残念。でも、すごい傷よ。誰かに刺されたのね、おそらく」

セイ「刺された……?そうなんだ……」

天使「記憶、ないの?」

セイ「…ダメ。全然思い出せない」

天使「……とりあえず、うちくる?新しいお洋服、用意してあげる」

セイ「あ、ありがとう。……あの、その背中の羽って?」

天使「なんだと思う?」

セイ「作り物にしては、精巧で…。生きてるように見える。おかしなことを言うかもしれないけど、私は、きみが天使じゃないかと疑っている」

天使「ふふふっ、はははっ。おかしな人がおかしな事を言ったら、それはもう普通よ」

セイ「おかしいのか、私」

天使「十分に。あなたがそう思うなら、そういうことにしましょう。私は天使」

セイ「違うの?」

天使「羽と背中の繋ぎ目を見ればわかるけど。見る? なんなら、ここで脱ごうか?」

セイ「いい、いい! それなら大丈夫!」

天使「痛みを感じなくても、恥じらいはあるのね」

セイ「あ。あと、それと……」

天使「まだなにか?」

セイ「…手、貸して貰える?ひとりじゃ立てないみたい」 

天使「やーい、けがにん」 

セイ「子供か。…おねがい」

天使「はいはい。お手をどうぞ」

セイ  はじめて握った天使の手は思ったよりあたたかく、ぬくもりが心地よかった。知らないはずの懐かしさに包まれて、私は気を失った。


  ※


天使「あ。目、覚めた? おはよう」

セイ「ん…? あれ私…。眠ちゃってた?」

天使「ぐっすりね。ベッドふかふかでしょう? 特注なのよ」


セイ  気がつくと私は、天使の部屋にいた。特注だという天使のベッドは、優しい肌触りで、普段自分が寝ているそれとは別物だった。部屋には窓がなかったが、不思議と風の流れを感じ、外にいるような開放感さえある。


天使「応急処置で手当てはしたよ。見様見真似だけど」

セイ「ありがとう。きみがここに運んでくれたの?」

天使「それ以外ある? 感謝してよね」

セイ「もちろん。きみは私の恩人だからね。もし誰も私の傷を見つけてくれなかったら、あのまま死んでいたかもしれない」

天使「お名前は?」

セイ「棚部セイ。24歳。書き物を生業にしている」

天使「セイ、良い名前ね。作家さんなの?」

セイ「まだまだ駆け出しだけど。最近やっとすこしだけお金が入るようになった」

天使「へえ、立派ね」

セイ「お金がなかったから、昨日までは恋人の家に寝泊りさせて貰っていた。今はもう帰る場所もない」

天使「……。ねえ、セイ。本当に痛みを感じないの?」

セイ「まあ、そうかな。今も」

天使「それはいつから?」

セイ「…覚えてないなあ。新鮮さが失われていくと慣れになるでしょ?痛みもそれと同じで、慣れてしまったら、特別何も感じない、うん、何も感じないんだ」

天使「へえ、人生つまんなさそ」

セイ「今のは、ちょっと痛かったかも」

天使「それはよかった。これからどうするつもり? 帰る場所ないんでしょ?」

セイ「……」

天使「……ここに置いて欲しい、って目してる」

セイ「なぜわかった」

天使「天使ですから。もともとその傷が塞がるまで、居てもらうつもりだったよ」

セイ「助かります……」

天使「でもその代わり、やってもらうことがあります。心して聞くように」

セイ「はい」


(未完。昨年の夏書いてて途中でボツにしたものをあえて出してみる。)

補足:「さよなら」がテーマの短編朗読集の最後を飾る予定として書いていたのだが、その前に近しい話が出来上がってしまい、口当たりが被るのが気になって急遽別の作品を書いた、という当時のエピソード。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?