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コロナ禍の家族葬・後編 〜最期の別れ〜

どうも。
今回は家族葬のお話、後編です。

まずはお詫びです。
本来ならこの記事は参院選が終わる前に更新したかったのですが、執筆に取り掛かる直前になって奈良県で世界的な事件があったため、内容の都合上一旦執筆・更新を延期しました。
大変お待たせして申し訳ありません。

※サムネは鹿沼駅前の焼売像です。

告別式

朝7時半、ホテルで朝食を摂るがご飯と味噌汁以外のおかずは比較的冷たかった…今は夏なのでまだいいが、冬になったら大変そうだ。
その後、身支度をして朝の9時半に宿を出発。
おにぎり2個とスムージーを購入し、告別式のある昼に備えていく。

告別式は11時からだが、20分ほど遅れて開始することになった。
初七日があったことを考慮すると通夜より長いのも仕方ないが、それでも1時間ほどで終了した後、棺が開いた。
スタッフにも「故人と会えるのもこれが最後」と言われて、手紙やお経の紙?などを入れたあと合掌。
そしてみんなで棺の蓋を閉め、スタッフによって出棺したが、有名人の葬儀での出棺をニュースで見ている身としてはやや違和感があった。
でも、あくまで今回は家族葬なので仕方ないと思うことにする。

荼毘に付される

出棺後、参列者みんなで火葬場へ。
火葬直前は位牌や遺影など、実にいろいろと準備していることに驚いた。
そして、合掌しつつ最後の見送りをして、スタッフは火葬準備完了のボタンを押す。

待合室や喫茶室でのんびり待って1時間半、ついに火葬終了のアナウンスが流れました。
最後にお骨を一人一つずつ拾い、骨壺に入れたのですが…実はコロナ禍の骨拾いって渡し箸をしないんですよ。
わかりやすく言うと、トレイに入ったお骨を骨壺に入れるような感じで、足元から徐々に入れます。
全員がお骨を拾い終わったあと、スタッフが少しずつお骨を流す→押し込むの繰り返し。
骨壺に全部入れるって難しいねー。

無言の帰宅

火葬終了後、母方の実家に戻るため両親、兄弟、そして我が家で分担していろいろ運ぶことになった。
人数の都合もあってか、私は助手席で花束×2を持つ担当になった。

そして、10分後に帰還。
ハイエースだから降りるのも一苦労だし、とにかく腕が痛い。
その後私服に着替えて、線香をあげて、そして夕方になる前に帰りました。

あ、母方の実家へ行ったのに珍しくお土産を買いました…というのも、緊急で有給取得したのでそのお詫びに近いですね。
なんだかんだで7時ぐらいには帰れたのでいいんですが、めちゃくちゃ疲れた1週間でした。

長くなりましたが、今回の流れは以上です。

おまけ

今回の場合、L89と命日が1日違いなので法要の日付を一日ずらすだけなので、参考にできるのは大きいです。
とりあえず初盆は来年です。
ちなみに四十九日法要は前倒しですが、それを知らずに野球の予定を入れちゃったので行きません、というか父親も弟も仕事だし。

納骨はいつかって?私にはわからん。

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