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Tinker Bell

木々が揺れて空気がさえずる坂道をゆく
少し小高い位置にあるそのお店は不定期
そう、ここは時々開店する純喫茶Tinker Bell

小さな(?)マスターがひとり、ひっそりとお店を開けている
あたたかい飲み物と、手作りのスイーツでひといきどうぞ。

ゆったりのんびりできるような音楽と、なんとなくホッとするような内装
カウンター横の窓から入る陽のあたたかさ

木製のドアを押し開け中に進む

「やあ、きたね」

カウンタ―の向こうから、顔だけを出していつものように声をかけてくる

「今日お店あけたんだね」
「うん、なんとなくね」

いつもの席にこしかけ、いつものココアとスフレを注文する
ただのんびりお茶を楽しんでまた出かけていくだけ
時々マスターが仕込み始めたり、お掃除をささっとしたりするけれど、
それはすべて居心地の良いお店にするためなのだろう

ちらほら来店するお客さんは、ひといきついてまた出かけていく
それを気配だけで感じながら本を読む
ここはきっと、いつもより時間がすすむのが遅くなる魔法がかかっている
それはいつ来てもかわらなくかかる魔法
時々他のお客さんとおはなししたり、読書に没頭したり、ただぼーっとしていてもひたすらに心地がよい


お客さんがはけたのだろうか、カウンター越しから
「イシュガルドの土地、見に行った?」
と、不意にマスターから声がかかる
「…ウン…でもなんか、隣の家と近いところ多くて窮屈だった」
そっかあ…と拭いたマグカップを手際よく戸棚にしまっていく
「あ、でも温泉近くにあるところいいよね」
ぱっと見上げていうと彼は笑って
「今のハウスの上のほうにだって立派な温泉あるじゃない」といった
それもそうだ、と返してまた手元の本に目をやる
食器を片付ける音、洗い物をする音、人の気配
どれもが心地よく眠気を誘ってきてしまう


「ここらではみないお顔ですね」
初めて入ったお店でそう言われたのは数年前
ふらふらとラベンダーベッドをうろついていたら小さな看板が目に入った
こんなところに喫茶店なんてあったんだ、と覗いてみたのがはじまり
「ご注文がお決まりになりましたらお呼びくださいね」

「じゃあ、少し疲れたので、元気が出そうなものをお願いできますか?」
「もちろん」
ニッと笑みを零し、てきぱきと用意していくのを眺めていた
「さ、どうぞ」
あたたかいココアと、チーズスフレを並べていく
「甘いものだと少しは元気がでるかも」
口数が多いわけではなさそうなマスターは、そのままカウンター向こうに下がり、キッチンのはしに腰かける
ふかふかしっとりのスフレにフォークを入れるとふんわりとチーズのかおりが鼻をくすぐっていく
「美味しいにおいがする!」
思わず口にするとそれに反応してマスターが答える
「食べたらもっと美味しいかも」
りんごの皮を綺麗にするすると剥きながら目くばせをする

ひとくち…ふたくちみくち…あっという間に平らげてしまう
「美味しかった~!」
なんて言いながらココアに手を伸ばす
「それはよかった」
トントントンッとリズムよくりんごをカットし、残りの半分はさらに細かく切っていく
薄く切ったりんごはどうやらアップルパイ用らしい
「そっちは何になるの?」
「こっちはジャムにするつもり」
しばらく他愛もないやりとりをし、お店を後にする
店先までのお見送りとおみやげにマフィンをいただいて。
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ふ、と目が覚める
「寝てたでしょ」
「ここに来た時の夢みてたかも…ふぁ~~」
「なつかしいね」
「うん、長い付き合いになったね」
「ねえ、ところでさ、アップルパイができたんだ。食べる?」

木々が揺れて空気がさえずる坂道をゆけば、ひっそりと佇む喫茶店
今日も小さなマスターはいつものようにお店にいるのだろう

もしそのお店が開いていたら、少し寄ってみて。
きっとゆっくり、だけどそれに気づかないくらいゆっくり時間がすすむから


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