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こわがりの月

「好きな人が、できました」

きれいな絵葉書にきれいな字で、ただそれだけ書かれていた。
差出人は数ヶ月前に出会った彼

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結婚なんてしたくない
わたしはひとりでいいの。
一所になんてとどまりたくない

「女の幸せ」なんて男のあんたになんでわかるのよ
数々の縁談を持ってくる父親との攻防にほとほと疲れ果ててきた頃、
母親が困り顔で持ちかけてきた。
それも縁談を。

「えぇ〜…」
「お願い!今回だけなの!頼まれちゃって…ダメ?」
「ほんとにこれだけだからね!!」
父と違って母はわたしを否定しない。だから今回は折れてあげる。

後日、どうやって破談に持ち込もうか考えながら指定されたハウスのエントランスに立つ
「…わ…っ」
きっと母の差し金だろう、その場所はわたしが好いているもので満たされていた
そのまま奥のドアをそっと開けると、きれいな景色が見える小窓
たくさんの植物、それに本
当初の目的を忘れてそこに咲く花々を眺め、本を手に取り没頭する
「本、お好きなんですか?」
ふいに背後から声がかかる
驚き振り向くと薄く透き通った不思議な髪色をした男性?が立っていた
「あの、ヨルさんです?」
「え?ええ、そうです。あ、もしかして…?」
「はい。本日は宜しくお願いします。ルナと申します」
軽く会釈をして二言三言やりとりをする
手に取った本の続きが気になって会話に意識が向かないでいると、彼が問いかける
「その本はどんな?」
 (この人はきっと気遣ってくれたのかしら。)
そんなことを感じながら言葉を返す
「ここに咲いているバラの日誌のようです。お世話してるひとがつけたのかな…」
パラパラとページをめくりまた没頭してしまう
「あっ…ごめんなさいまたやっちゃった…」
「いいですよ。でもどうせなら、ここに座って好きな本を読みませんか?」
断る理由のない申し出にせいいっぱい感謝してふたりで腰を下ろす
時々ぽつぽつを会話をして、ふたりで本を読む
 (このひとの雰囲気とか、気配がどうも男のソレじゃないんだよなぁ…)

ふぅ、とひと呼吸をし、彼が言う
「おなか、すきませんか?せっかくなのでどこかへ行きましょう?」
  (そうだなあ…おなかすいたしそろそろ破談になるようにしなきゃだし…)
「じゃあ、すきやきがいいです。めいっぱい肉食べてみたいです」
 (見た目で判断してるのならこれでちょっとは引くでしょ…)
「ふふっいいところ知っているので行きましょう」
 (あ、あれぇ…???)

案内されたのは和がメインで内装の赤が目を引くところだった
「さあ、たくさん食べてくださいね!」
「いただきまぁす」
 (全然引かないのねこのひと…
 たくさん食べていいと言われたなら、たくさん食べるわよ
 こんなところで社交辞令を出すような男なんてお見合いでもごめんだわ)
運ばれるお皿をぺろっとたいらげ、次々に頼む
「お肉お好きなんですねぇ」
そういって彼はふふ、と笑い次のお肉を待たなくてもいいように鍋に入れていく
「はい三度の飯よりお肉が好きです。お肉だけ食べていたい」
 (さあさあ引くがいいわ)
「アハハハハ!あぁ、でもほら、お野菜も食べないとダメですよ!」
そういってひょいひょいっと入れられていく

「あのわたし、結婚とか、したくないんですよね。」
取り鉢から目を離さずについ本心が口から出てしまっていた
しまった…!と顔をあげると、ちょっと驚いた顔でこちらを見ていた
「…ごめんなさい、今言うことじゃないですよね」
「あ、いえ、同じこと思っていたんだなあって…ふふっ」
「えっ」
「ボクもする気がないんですよねぇ…」
「わたしに引いたわけではなく?」
「ン…なにかボクが引くような理由ありました…?」
「見た目とのイメージが違うとよく言われてて…、まあ…そのなんていうか
それを逆手に取って破談にしてきたので」
「へぇ~…。…そう…」
納得、ではなく、感心するかのように口元に手をあてがい何かを考えているようだった
「ヨルさんは縁談壊したいんですよね?」
確かめるように問いかける。
「はい。本当はひとりで誰にもじゃまされず、本とか植物とかに囲まれて生きていきたいんです」
本当はこうしていたい、これをやって生きていきたい
だけど家柄と父親がそれをジャマしてくる
お人形みたいだねって、勝手に理想抱いて勝手に期待してイメージと違うと勝手にガッカリ
だからわたしはひとりがいいの。
洗いざらい一息でぶちまけるとまたお肉を頬張る
「あなたはなんで結婚する気がないの?」
言いたくなかったら言わないでいいですと付け足してさらにお肉を頬張る
「ボクは少し、色々、なんていうか、人といるのが怖いので」
ふーん、そうなんですかとそっけなく返してやっぱりお肉を頬張って言う
「ルナさんは汚されるのが怖いのですね。
「あとなんで無理して笑うんですか。気のせいかもしれないけれど
それがルナさんにとっての処世術ってやつなのですか?」
そうかもしれない…とぽそっといって少しだけ困った顔で笑った

たらふくすきやきをごちそうになって、お礼ついでに提案をする
「あんなに食べる女、金がかかりすぎる。こっちの手におえるわけがない」

そう言っちゃっていいですよ、と。

それじゃあ、と小さく手を振り合いそれぞれの行く道へ

それから数か月後、母経由で知ったのだろう、ひとりでくらす個人宅に
とてもきれいな花が散りばめられた絵葉書が届いた

「好きな人が、できました」
たったそれだけなのに、ああ彼は今、きっとちゃんと笑えてるのだろう


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