見出し画像

星とダンスを

ねえ、ぼくは怖いんだ
本当は忘れることよりも思い出せなくなることが

夜の帳が下りるころ、露に濡れた草を踏みしめて歩く
ゆっくりと静かに緑が覆い隠そうとする少し綺麗な建物には人の気配はない
樹木に突き破られた建物の横を歩く


ねえ、怖いんだ
きみの笑顔を思い出せなくなることが
ねえ、きみは覚えてる?
ここでふたり、星を眺めていたことを
星を捕まえたいときみは言ったね
手を伸ばしてみても届くわけなんてないのに、夜の星を掴もうとしてたよね
音のない笑い声を聴いたとき、ぼくは見つけたんだ
ぼくを見て笑うきみの、闇の中でも輝く透き通る黄色の瞳の中に
たくさんの星がつかまえられていたのを
だからぼくはきみを抱きしめながら言ったんだ
「星をつかまえた」
「きみはずるいね。昼は太陽みたいなのに、夜には星を従える」
照れたきみはぼくをポカポカたたくけど、ぼくはそれすらも愛おしくて
ぎゅっときみを抱きしめたんだ
きみはぼくに言ったんだ
「あなたは夜のわたしを照らすおつきさま」

今夜、ぼくはまたここで星を眺める
ここにいると、きみに会える気がして
名前を呼んでもらえる気がして
そしたらまた、ぼくにきみという星をくれないか

ねえ
本当は忘れたくはないんだ
だからぼくは時々ここにきて
きみと眺めた星を見る
つらくても
痛くても
覚えていたい



ねえ、ぼくは怖いんだ
本当は忘れることよりも思い出せなくなることが


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?